船にしるしをつける
字を並べても文整わず、心愚かにして船にしるしをつけたと同じで、文を作っても句が整わない(霊異記)、
とある、
船にしるしをつける、
は、
『呂氏春秋』にある話。船の中から剣を落としたので、あわてて舟に目印をけておいた。船が止まったとき、その目じるしの場所から水中に入って剣をさがしたという、
と注記がある(景戒(原田敏明・高橋貢訳)『日本霊異記』)。
剣(けん)を落として舟を刻(きざ)む、
船に刻(こく)して剣(つるぎ)を求む、
船端に刻を付けて刀を尋ねる、
舟に刻みて剣を求む、
等々ともいい(故事ことわざの辞典)、
刻舟(こくしゅう)、
刻船(こくせん)、
刻舟求剣(こくしゅうきゅうけん)、
ともいう(仝上・字源・大言海)。
『呂氏春秋』(秦の呂不韋(りょふい)が賓客を集めて編録させた、先秦諸家の諸学説や諸説話を集めた百科全書)慎大覧・察今に、
楚人有渉江者、其剣自舟中墜於水、遽刻其舟曰、是吾剣所従墜、舟止、従其所刻者、入水求之、舟已行矣、而剣不行、求剣若此、不亦惑乎(契(ケツ)、鍥と通ず、刻む也)、
とある(大言海・字源)。これが出典とされているが、
晋代の『抱朴子』(ほうぼくし 葛洪 内篇20篇、外篇50篇。内篇は神仙術に関する諸説を集大成した)外篇に、
刻船不可以索遺劔、膠柱不可以諧清音、
とあり、また、蘇軾(そしょく 蘇東坡)の詩にも、
堪笑東坡痴鈍老、區區猶記刻舟跡、
と詠っている。
変通を知らぬ喩え、
として使われ(字通)、
時勢の移ることを知らず、いたずらに古いしきたりを守ることのたとえ(精選版日本国語大辞典)、
古い物事にこだわって、状況の変化に応じることができないことのたとえ(デジタル大辞泉)、
愚人が頑固に舊を守りて時勢の移れるを知らざるに喩ふ(字源)、
時勢の移ることを知らず、いたずらに古いしきたりを守ることのたとえ(故事ことわざの辞典)、
物事にこだわって事態の変化に応ずる力のないことのたとえ(精選版日本国語大辞典)、
時勢の移り行くのを知らずに旧習を固守する愚かさのたとえ(広辞苑)、
等々と、ほぼ似た意味で使っている。
時代の移り変わりに気が付かないこと、
古い仕来りを守って時勢の変遷に気付けないこと、
つまり、川の流れを時勢、船をその人やその人の守っている考えに準えていることになる。
守株、
膠柱、
とも同義となる。「守株」は、
株(くいぜ)を守る、
株を守りて兎を待つ、
ともいい、
兎が走って来て木の切り株に当たって死んだのを見た宋の農民が、仕事を投げ捨てて毎日切り株を見張ったものの、ついに兎は捕れなかった、
という「韓非子」の故事による。
膠柱(こうちゅう)、
は、
琴柱に膠す、
ともいい、
「膠」はにかわ、「柱」は琴柱(ことじ)の意、
で、
琴を弾くのに、琴柱を膠(にかわ)で固定しては調子をととのえることができない、というところから、やはり、
法則にこだわっていて、融通がきかないこと、
いたずらに古い習慣を守って、時に応じた物事の処理ができないこと、
をいう。
「舟」(漢音シュウ、呉音シュ)は、「一葉の舟」で触れたが、「舟」と「船」の区別は、「ふね」で触れたように、
小形のふねを「舟」、やや大型のふねを「船」、
とするが、
千鈞得船則浮(千鈞も船を得ればすなはち浮かぶ)(韓非子)、
と、「船」と「舟」の違いは、あまりなく、
漢代には、東方では舟、西方では船といった、
とある(漢字源)。今日は、
動力を用いる大型のものを「船」、手で漕ぐ小型のものを「舟」、
と表記する(http://gogen-allguide.com/hu/fune.html)とし、
「舟」や「艇」は、いかだ以外の水上を移動する手漕ぎの乗り物を指し、「船」は「舟」よりも大きく手漕ぎ以外の移動力を備えたものを指す。「船舶」は船全般を指す。「艦」は軍艦の意味である。(中略)つまり、民生用のフネは「船」、軍事用のフネは「艦」、小型のフネは「艇」または「舟」の字、
を当てる(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%88%B9)とある。
「刻」(コク)は、
会意兼形声。亥(ガイ)は、ごつごつした豚の骨組み。骸(ガイ)の原字で、核(かたい芯)と同系の言葉。刻は「刀+音符亥」で、かたい物を刀でごつごつと彫るの意。かたくごつごつとむりにきざみこむの意から刻薄の意に転じた、
とある(漢字源)。別に、
形声文字です(亥+刂(刀))。「いのしし」の象形(「いのしし」の意味だが、ここでは、「己」に通じ(「己」と同じ意味を持つようになって)、「かたい力が入る」の意味)と「刀」の象形から、刀に力を入れて「きざむ」を意味する「刻」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji980.html)。
参考文献;
尚学図書編『故事ことわざの辞典』(小学館)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
簡野道明『字源』(角川書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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