二岩の団三郎が相川の玄伯などに贈った一緡の錢は、使ひ残しの一文が再び元の一緡になると云ふ(山島民譚集)、
の、
一緡、
は、
ひとさし、
と訓むが、
いちびん、
と訓む漢語である。
「緡」(漢音ビン、呉音ミン)は、
会意兼形声。暋(ビン)は、よく見えない意を含む。緡はそれを音符とし、意とを加えた字、
で(漢字源)、
維絲伊緡(召南)、
と、
細くて見えにくいひも、
つまり、
絲、
釣り糸、
の意(字源・漢字源)で、
なわ、
の意もあり(字源)、
錢の穴に通し、幾つもの錢を束ねる細い紐、
つまり、
ぜにさし(錢緡)、
ぜになわ(錢縄)、
の意(仝上・精選版日本国語大辞典)であり、そこから、
幾緡則豊用(幾緡ナレバスナワチ豊カニ用ヰルヤ)(杜子春)、
と、
紐を通した錢の束を数える単位、
つまり、
緡錢(びんせん)、
の意で使う(漢字源)。日本にもそれが伝わり、
ぜにさし、
あるいは、
ぜにざし、
といい、
銭差、
銭緡、
繦、
と当てる(精選版日本国語大辞典・大言海)。略して、
さし、
ともいう。また、
銭緡(ぜにさし)に通した銭、
をもいい、
銭貫(ぜにつら)、
貫銭(ぬきぜに)、
ともいう(広辞苑)。なお、「錢貫(センカン)」は、
緡、謂錢貫也(漢書・食貨志「注」)、
とあり、漢語からきている(字源)。江戸後期の百科事典『類聚名物考』には、
貫、さし、緡、錢ヲ貫ク縄ヲ緡ト云ヒ、又、即チ其ノ貫ヌクヲ名トシテ、貫トノミモ云フ、錢千文ヲバ、又、一貫トモ云フ也、……又俗ニハ、錢一貫文ヲ長ク貫ク緡ヲバ、即チ、貫緡トモ云フ也、
とある。「貫緡(かんざし)」は、
貫差、
とも当て、
銭一貫文をつらぬく緡(さし)、また、緡につらぬいた一貫文の銭、
を言うが、実際には、
九百六拾文、
で、一貫文として通用した(精選版日本国語大辞典)とある。
「ぜにさし」には、
百文差、
三百文差、
一貫文(千文)差、
などがあるが、一文錢一緡は、
六百文、
四文錢一緡は、
四百文、
ともある(大言海)
(錢さし・一貫文(寛永通宝) https://www.yamatobunko.jp/shopdetail/000000009626/ct134/page1/disp_pc/より)
銭差し・300文差し(寛永通宝) https://www.yamatobunko.jp/shopdetail/000000018142/ct134/page1/disp_pc/より)
(寛永通宝。上:裏面に波形が刻まれているもの(4文)、中:文銭(ぶんせん 裏に「文」の字があるこ)、下:一般的なもの(1文) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%9B%E6%B0%B8%E9%80%9A%E5%AE%9Dより)
一文の「文」というのは、
貨幣の面に鋳出した文字から、
といわれ、
銅で鋳造した穴あき銭一枚、
をいい(仝上)、「一文錢(いちもんせん)」は、通貨の最下位の単位で、千枚で一貫文。
一銭、
一文、
とも。「四文銭(しもんせん)」は、
四文通用の銭貨、
四当銭、
しもん、
ともいう(精選版日本国語大辞典)。
寛永通宝、
は、それまで長く使われてきた、明の、
永楽通宝(えいらくつうほう)、
に代えて、寛永元年(1624)、江戸幕府が鋳造発行したものである(https://www.web-nihongo.com/edo/ed_p026/)。
(銭緡売り(銭差売り 画像左)(『守貞謾稿』) http://detailofmodel.blog.fc2.com/blog-entry-6.htmlより)
ところで、「錢さし売り」という商売があり、
緡売り(さしうり)、
と呼ばれ(デジタル大辞泉)、江戸後期の三都(京都・大阪・江戸)の風俗、事物を説明した類書(百科事典)『守貞謾稿』によると、
10本を一把、10把を一束、
として、京坂では、
所司代邸や城代邸などの中間の内職、
で、
一把で6文程度、
あり(http://detailofmodel.blog.fc2.com/blog-entry-6.html)。江戸では、
火消役邸の中間による内職、
で、
一束で約100文、
であった(仝上)とある。そして、
実は江戸でも京坂でも、店構えの大小や商売に応じて「押し売り」をした、
とある(仝上・デジタル大辞泉)。
「貫」(カン)は、
会意文字。もと、丸い貝を二つひもで抜き通した巣が゛他を描いた象形文字。のち「ぬきとおすしるし+貝(貨幣)」、
とあり(漢字源)、
穴あき錢千文をひもで貫いたもの、
を指し、
万貫之家資、
満貫、
という言葉がある(仝上)。ただ、
象形。縦棒が二つの貝を貫通した形を象る。「つらぬく」「うがつ」を意味する漢語、
とする『説文解字』の、
「毌」+「貝」、
という分析は、
金文などの資料とは一致しない誤った分析である(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%B2%AB)とし、また、「毌」は、
『説文解字』の「貫」に対する誤った分析から作られた字、
であり(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%AF%8C)、
「毌」なる字の実在は確認されていない、
とある(仝上)。しかし、その解釈が、
会意形声。貝と、毌(クワン つらぬく)とから成り、ひもに差し通した銭の意を表す。ひいて「つらぬく」意に用いる(角川新字源)、
会意兼形声文字です(毌+貝)。「物に穴をあけ貫き通す」象形と「子安貝(貨幣)」の象形から、「貫き通した銭」、「つらぬく」を意味する「貫」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji1610.html)、
等々と通用している。
参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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