弥勒菩薩が兜率天にいて、願いに応じて現れた(霊異記)、
とある、
兜率天、
とは、
仏教に六欲天の第四なり、須弥山の頂上十二万由旬に在り、摩尼宝殿又兜率天宮なる宮殿あり、無量の諸天之に住し、内院には弥勒ありて説法す、
という(画題辞典)。
六欲天の中下の三天は慾情に沈み、上の二天は浮逸多し、唯この天のみ浮沈の中間に在りて喜事遊樂多しと説かる、之を画けるものに兜率曼陀羅あり、
とある(仝上)。「兜率」は、
サンスクリットの原語 Tuṣita、
を(トゥシタは「満足せる」の意)、
都率(とそつ)、
覩史多(とした)
兜率陀、
都史陀、
兜術、
等々と音写し、
上足、
知足、
喜足、
妙足、
などと訳す(東洋画題綜覧・https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%9C%E7%8E%87%E5%A4%A9)。
内外二院、
あり(広辞苑)、内院は、
将来仏となるべき菩薩が最後の生を過ごし、現在は弥勒(みろく)菩薩が住む、
とされ、
弥勒はここに在して説法し閻浮提に下生成仏する時の来るのを待っている、
とされている(仝上)。日本ではここに四十九院があるという。外院は、
天人の住所、
である(広辞苑)。
一切衆生(しゅじょう)の生死輪廻(しょうじりんね)する三種の世界、すなわち欲界(よくかい)・色界(しきかい)・無色界(むしきかい)と、衆生が活動する全世界を指す、
三界、
は、
仏教の世界観で、生きとし生けるものが生死流転する、苦しみ多き迷いの生存領域、
を、
欲界(kāma‐dhātu)、
色界(rūpa‐dhātu)、
無色界(ārūpa‐dhātu)、
の三種に分類したもので(色とは物質のことである。界と訳されるサンスクリットdhātu‐はもともと層(stratum)を意味する)、
欲界は、
他化自在天(たけじざいてん) 欲界の最高位。六欲天の第6天、天魔波旬の住処、
化楽天(けらくてん、楽変化天 らくへんげてん)六欲天の第5天。この天に住む者は、自己の対境(五境)を変化して娯楽の境とする、
兜率天(とそつてん、覩史多天 としたてん) 六欲天の第4天。須弥山の頂上、12由旬の処にある、
夜摩天(やまてん、焔摩天 えんまてん) 六欲天の第3天。時に随って快楽を受くる世界、
忉利天(とうりてん 三十三天 さんじゅうさんてん)六欲天の第2天。須弥山の頂上、閻浮提の上、8万由旬の処にある。帝釈天のいる場所、
四大王衆天(しだいおうしゅてん、四天王の住む場所) 六欲天の第1天。持国天・増長天・広目天・多聞天の四天王がいる場所、
の六つの、
六欲天(ろくよくてん)、
からなる(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AD%E6%AC%B2%E5%A4%A9・精選版日本国語大辞典)。
(兜率天を描いた浮彫 クシャーナ朝 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%9C%E7%8E%87%E5%A4%A9より)
で、「兜率天」は、
夜摩天の上にあり、この天に在るもの五欲の境に対し、喜事多く、聚集して遊楽す、故に喜楽集とも訳し、又兜卒天宮とは、此の兜率天にある摩尼宝殿をいふ、また三世法界宮ともいふ、この天に内院外院の二あり、外院は定寿四千歳にして内院にはその寿に限なく火水風の二災もこれを壊すこと能はざる浄土である、この内院にまた四十九院あり、補処の菩薩は弥勒説法院に居す、余の諸天には内院の浄土なく兜率には内院の浄土ありと『七帖見聞』に説かれている、
とあり(仏教辞林)、この天の一昼夜は、
人界の四百歳に当たる、
という(精選版日本国語大辞典)。この天は、
下部の四天王、忉利天、夜摩天三つの天が欲情に沈み、
また反対に、
上部の化楽天・他化自在天の二天に浮逸の心が多い、
のに対して、
沈に非ず、浮に非ず、色・声・香・味・触の五欲の楽において喜足の心を生ずる、
故に、弥勒などの、
補処の菩薩、
の止住する処となる(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%9C%E7%8E%87%E5%A4%A9)。七宝で飾られた四九重の宝宮があるとされる、
兜率天の内院(ないいん)、
は、
一生補処(いっしょうふしょ)の位、
にある菩薩が住むとされ、かつて釈迦もこの世に現れる前世に住し(釈迦はここから降下して摩耶夫人の胎内に宿り、生誕したとされている)、今は弥勒菩薩が住し、法を説く(仝上)とされ、日本では古くよりこの内院を、
彌勒菩薩の浄土、
つまり、
兜率浄土、
と見てきた(仝上・ブリタニカ国際大百科事典)。弥勒信仰の発展とともに、兜率天に生まれ変わることを願う、
兜率往生、
の思想が生じ、阿弥陀仏(あみだぶつ)の極楽浄土(ごくらくじょうど)への往生との優劣が争われた(日本大百科全書)とある。
(木造弥勒菩薩半跏像(広隆寺蔵) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BC%A5%E5%8B%92%E8%8F%A9%E8%96%A9より)
一生補処(いっしょうふしょ)、
とは、
eka-jāti-pratibaddha、
の意訳で、元来は、
一生だけこの迷いの世につながれたもの、
の意(ブリタニカ国際大百科事典)で、
この一生だけ生死の迷いの世界に縛られるが、次の世には仏となることが約束された菩薩の位、
をいい、菩薩の位のうちでは最上の位で、特に、
遠く西天の雲の外、一生補処の大聖(宴曲「拾菓集(1306)」)、
と、
彌勒(みろく)菩薩、
をさし、
一生所繋(いっしょうしょけ)、
補処、
ともいう(仝上・精選版日本国語大辞典)。もともと、
浄土、
という理念はインドにはなかったので、浄土思想はむしろ中国において発達し展開したが、未来仏として修行中の弥勒菩薩が待機している天上の兜率天(とそつてん)を、
弥勒の浄土、
として、そこに生まれたという信仰がまず起こり、兜率天の信仰から、東方にある、
阿閦(あしゆく)仏の浄土、
としての妙喜を説いた「阿閦仏国経」につながっていく、とある(世界大百科事典)。
弥勒信仰には、釈尊滅後五六億七千万年の後に弥勒菩薩が兜率天から娑婆世界に下ってきて衆生を済度することを待望する、
下生(げしょう)信仰、
と、
死後に兜率天宮に生天して下生するまでの間、弥勒菩薩の教化を受けようとする、
上生(じょうしょう)信仰、
の二種類があり(http://jodoshuzensho.jp/daijiten/index.php/%E5%85%9C%E7%8E%87%E5%A4%A9)、兜率天が重視されるのは主として後者の思想である(仝上)とある。
「弥勒菩薩」については、「三会」で触れたように、阿弥陀信仰が盛んになる前は、
弥勒菩薩信仰、
が広く信じられ(http://www.wikidharma.org/index.php/%E3%81%BF%E3%82%8D%E3%81%8F)、釈迦が滅した56億7千万年(57億6千万年の説あり)の未来に姿をあらわす為に、現在は、兜卒天で修行していると信じられている。このため、中国・朝鮮半島・日本において、弥勒菩薩の兜率天に往生しようと願う信仰が流行した(仝上)。
(阿閦(あしゆく)仏 精選版日本国語大辞典より)
因みに、「阿閦(あしゆく)仏」とは、
大乗仏教の如来(にょらい)の名、
で、
サンスクリット語の、アクショービヤAkobhya、
の訛(か)音写で、正しくは、
阿閦婆、
あるいは、
阿閦鞞(べい)、
また、
無動、
無瞋恚(むしんに)、
と訳される(日本大百科全書)とある。
過去久遠の昔、大日如来の教化により、発願、修道して成仏し、東方善快浄土を建てた仏、
で、西方の、
阿彌陀仏、
に対比され、今なお説法していると『阿閦国経』に説かれている。密教では、金剛界五智如来の一つで東方に住し、無冠で降魔の印を結ぶとする(仝上・精選版日本国語大辞典)。
インドにおいて阿閦仏の信仰は、西方の阿弥陀(あみだ)仏の信仰よりも古くから行われていたが、弥陀信仰が盛んになるに及んで衰えてしまった(仝上)とある。
(絹本著色兜率天曼荼羅図成(成菩提院) https://www.pref.shiga.lg.jp/ippan/bunakasports/bunkazaihogo/312315.htmlより)
弥勒菩薩が説法をしている兜率天の世界を描いた、
兜率天曼荼羅図、
があるが、「絹本著色兜率天曼荼羅図」(滋賀県立琵琶湖文化館)では、
図像は左右対称を原則として、上から虚空、摩尼宝殿(まにほうでん)、弥勒菩薩を中心とする諸菩薩・諸天、宝池(ほうち)、二重門を描く。中央には、二重円光を背にして蓮華座上で結跏趺坐(けっかふざ)する弥勒菩薩がひときわ大きく描かれる。弥勒菩薩は脇侍(わきじ)を従え、その周囲には菩薩衆が囲繞する。弥勒菩薩の前では説法を聴聞する天子・天女が恭敬礼拝し、舞踊奏楽が献じられるなど、兜率天浄土の安穏快楽の様相をあらわす、
とある(https://www.pref.shiga.lg.jp/ippan/bunakasports/bunkazaihogo/312315.html)。
(貝葉(ばいよう)経に描かれた兜率天の弥勒菩薩 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%9C%E7%8E%87%E5%A4%A9より)
参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95