吟(にょ)ぶ


山より返り来たるに、あやしう母の吟(によ)びければ、子供、などによび給ふぞと問へども(今昔物語)、

の、

吟(にょ)ぶ、

は、

うめいた、

と注記がある(佐藤謙三校注『今昔物語集』)。

にょぶ、

は、

吟ぶ、
呻ぶ、

とも当て、

しりぞくに随ひ、先の如くまた呞(さけ)びによふ(霊異記)、
手輿(たごし)つくらせ給ひてによふによふ担はれ給ひて、家に入り給ひぬるを(竹取物語)、

などと、

古くは二ヨフと清音、

とある(岩波古語辞典)が、類聚名義抄(11~12世紀)には、

吟、ニヨフ、なげく、

室町時代の文明年間(1469~87年)以降に成立した『文明本節用集』にも、

吟、ニヨウ、

とある。で、

従来「によぶ」と読まれてきたがその確証はなく、文明本以下の節用集類には、みな「ニヨウ」とあり、日葡辞書も同様なので「によふ」と清音だったと考えられる、

となる(日本国語大辞典)。

によふ(う)、

は、

あくる日まで頭痛く、物食はず、によひふし(徒然草)、

と、

苦しそうにうなる、うめく、

意だが、それをメタファに、

少輔、文やらんとて、歌をによひをる程に(落窪物語)、

と、

歌を詠み悩む、
苦吟する、

意で使う(仝上)。

寝呼ぶの義、

とある(大言海)。他に語源に言及しているものがないので、はっきりしないが、

によふ、

が、本来の表記とすると、この語源説はなさそうである。

「呻」 漢字.gif


「呻」(シン)は、

会意兼形声。申(シン)は、もといなずま(電光)を描いた象形文字で、電の原字。のち「臼(両手)+丨印(まっすぐ)」のかたちとなり、左右の両手で、中央の丨線を長く押しのばすさまを表す会意文字となる(まっすぐのばすこと、伸(のばす)の原字)。呻は「口+音符申(のばす)」で声をひきのばすこと、

とあり(漢字源)、「聲を長くのばしてうなる」意である。

「吟」  漢字.gif

(「吟」 https://kakijun.jp/page/0744200.htmlより)


「吟」 説文解字・漢.png

(「吟」 説文解字・漢 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%90%9Fより)

「吟」(漢音ギン、呉音ゴン)は、

会意兼形声。今は「かぶせるかたち+一印(隠されるもの)」の会意文字で、物を寄せ集め、ふたをして隠す意を含む。吟は「口+音符今」で、口をふさぎ、発音を表に出さず、聲を含んで低く出すこと、

とある。別に、

形声。口と、音符今(キム→ギム)とから成る。口をとじてうめく、転じて、声に調子をつけて「うたう」意を表す、

とも(角川新字源)、

会意兼形声文字です(口+今)。「口」の象形と「ある物をすっぽり覆い含む」象形(「すっぽり覆い包む」の意味)から、「含み声で言う」、「口に含んで味わう」を意味する「吟」という漢字が成り立ちました、

ともhttps://okjiten.jp/kanji1630.htmlある。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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