年老いて立居(たいゐ)もやすからぬ母のありけるを、一つの壺屋に置きて、子二人は家を圍(かこ)み別けて居たりけるが(今昔物語)、
の、
壺屋、
は、
我が居たる傍なる壺屋に将(ゐ)て入りぬ(今昔物語)、
と、
臨時に仕切られた部屋ではなく、ちゃんと仕切りの施されてある部屋、
つまり、
個室、
とある(岩波古語辞典)が、上記引用の、
一つの壺屋に置きて、子二人は家を圍(かこ)み別けて居たりけるが(今昔物語)、
や、
身貧しくして壺屋に住てある者あり(今昔物語)、
だと、
主家(おもや)に付属して建てた物置に類する家(広辞苑)、
母屋から離れて建てられた物置小屋風の建物(大辞林)、
主な家屋に付属して建てられた小屋、物置の類(デジタル大辞泉)、
物置、納戸(なんど)のような、まわりを壁・板などで囲った小屋(精選版日本国語大辞典)、
などという意になる。
古へ、人はなれたる、物置の如き家、
とある(大言海)ので、こちらが元の意で、そこから転じて、
個室、
の意で使ったのではあるまいか。
只だ然るべき壺屋一壺に畳を敷きて給へと云へば(今昔物語)、
とあるところから、勝手な妄想だが、
一壺天(いっこてん)、
を思い出した。「三神山(さんしんざん)」で触れたことだが、後漢の費長房(ひちょうぼう)が、薬売りの老人とともに壺(つぼ)の中にはいって、別世界の楽しみを得たという故事である。そこから、
壺中天(こちゅうてん)、
とも言い、薬売りの老人、即ち、
仙人壺公(ここう)の故事、
によりて、
別世界の義に用ふ、
とあり(字源)、
一つの小天地、
別世界、
という含意もありそうな気がする。それは、
費長房者、汝南人也、曾為市掾、市中有、老翁賣薬、懸一壺於肆頭、及市罷、輒跳入壺中、市人莫之見、唯長房於楼上覩、異焉、因往再拝、翁乃與倶入壺中、唯見玉堂厳麗、旨酒甘肴盈衍其中、共飲畢而出、
とあり(漢書・方術傳・費長房)、また、
壺中天地乾坤外、夢裏身名且暮閒(元稹・幽栖詩)、
と、
壺中天地、
壺中之天、
とも(仝上)いい(精選版日本国語大辞典・大言海)、さらに、
壺天、
ともいう(仝上)。後漢の時代、汝南(じょなん)の市場で薬を売る老人が、
店先に1個の壺(つぼ)をぶら下げておき、日が暮れるとともにその壺の中に入り、そこを住まいとしていた。これが壺公で、彼は天界で罪を犯した罰として、俗界に落とされていたのである。市場の役人費長房(ひちょうぼう)は、彼に誘われて壺の中に入ったが、そこは宮殿や何重もの門が建ち並ぶ別世界であり、費長房はこの壺公(ここう)に仕えて仙人の道を学んだ、
という(日本大百科全書)。
壺屋、
には、
個室、
を、若年の頃、初めて持ったときの、
小世界、
のイメージがある気がする。
「壺」については、「つぼ折」で触れた。
(「屋」 説文解字・漢 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%B1%8Bより)
「屋」(オク)は、
会意文字。「おおってたれた布+至(いきづまり)」で、上から覆い隠して、出入りをとめた意をあらわす。至は室(いきづまりの部屋)・窒(ふさぐ)と同類の意味を含む。この尸印は尸(シ)ではない。覆い隠す屋根、屋根でおおった家のこと、
とある(漢字源)が、この説明ではよく分からない。ただ、別に、
形声。「室」+音符「𡉉 /*ɁOK/」、「尸」は「𡉉」の変化形で「しかばね」とは関係がない、「やね」を意味する漢語{屋 /*ʔook/}を表す字、
とあり(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%B1%8B)、また、
会意。尸(居の省略形。すまい)と、至(矢がとどく所)とから成る。居住する場所を求めて矢を放つことから、住居の意を表す、
とも(角川新字源)、
会意文字です(尸+至)。「屋根」の象形(「家屋」の意味)と「矢が地面に突き刺さった」象形(「至(いた)る」の意味)から、人がいたる「いえ・すみか」を意味する「屋」という漢字が成り立ちました、
ともあり(https://okjiten.jp/kanji464.html)、「尸」が、「しかばね」とは別の、「屋根」を表す字であることは共通している。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
ラベル:壺屋