2023年04月08日

おほけなし


暗くなる程に、此の太郎介が宿したる所に行きて、おほけなく伺ひけるに(今昔物語)、

の、

おほけなし、

は、

大胆にも、

と注記がある(佐藤謙三校注『今昔物語集』)。

「おほけなし」は、

あながちに有るまじくおおほけなき心ちなどはさらに物し給はず(源氏物語)、
おほけなく憂(う)き世の民におほふかなわが立つ杣(そま)にすみぞめの袖(そで)(千載集)、

と、

身の程知らずである、
身の程をわきまえず、

の意や、

おほけなくいかなる御仲らひにかありけむ(源氏物語)、

と、

(歳など)似合わしくない、

意で使う(岩波古語辞典)が、

身分、能力、年齢などから考えて、心・態度・ふるまいがふさわしくなく、出過ぎているさま、分不相応、

というのが原義のようである(日本語源大辞典)。そこから、

大将殿の、宣ふらむ状(さま)に、おほけなくとも、などかは思ひ絶たざらまし(源氏物語)、
おほけなくも琉球(りうきう)国の世子と仰がれ(椿説弓張月)、

と、

おそれ多い、

意(学研全訳古語辞典)など、どちらかというと相手に対する主体の、

劣位を表す、

価値表現から、逆に、その埒を破ることで、

(小男が親の仇討をしようと)おほけなく伺ひけるに……やはら寄りて喉笛を掻き切りて(今昔物語)、

と、

果敢である、
不敵、

というように、主体の価値表現が180度ひっくり返った意味でも使われる。

恐れ多い相手、

だから、

身の程知らず、
分不相応、

だが、にもかかわらず、踏み出すことで、

果敢、
大胆、

へと価値表現が転換した、というように。

そう考えると、「おほけなし」の語源は、

大気甚(おほけな)しの義、大胆なりの意、

とある(大言海)のは、いささか腑に落ちない。「おほけ」は、

大気、

と当て、

あなおほけなること莫言(ない)ひそ、様にも似ず、いまいまし(宇治拾遺物語)、

と、

大いなること、
大胆、

の意だが、

身の程知らず、
恐れおおい、

の含意からは遠い。また、

オフケナシ(負気無)の義(言元梯・名言通・和訓栞)、

も、

「負ふ気甚(な)し」の意という説があるが、古くは「おふけなし」という本文はない、

とあり(岩波古語辞典)、退けられる。また、

覚悟も無しということで、覚束なきという義(燕居雑話)、
アフケナシ(仰気無)の義(柴門和語類集)、

も、

大胆、
果敢、

の意から考えられた語源説のように見え、

恐れおおい、
身の程知らず、

の含意からは程遠い気がする。また、

「おほ」はいいかげんに、だいたいにの意の「おほに」の「おほ」と同じものであろう。「け」は気の意の体言(講談社古語辞典)、

も、ちょっとずれている違う気がする。憶説だが、単純に、

おほき・なし、

なのではないか、という気がする。

おほきなし→おおけなし、

と転訛したのではないか、と。

おほき、

は、

すくな(少・小)の対、

で、

もとオホシ(大・多)の連体形として、分量の大きいこと、さらに、質がすぐれ、正式、第一位であることをあらわした。また、オホキニとして、程度の甚だしさもいった。平安時代に入ってオホシの形は数の多さだけに用い、量の大きさ、偉大などの意はオホキニ・オホキナルの形で表し、正式・第一位の意は、オホキ・オホイで接頭語のように使った、

とある(岩波古語辞典)ので、あるいは、

オホキニナシ→オホキナシ、

の転訛もあり得る。もちろん憶説に過ぎないが、

「おおけ」は分不相応に大きい意、「なし」は甚だしいの意か、

との説(広辞苑)もある。この場合、

なし、

は、

甚し、

と当てる、

痛しの略なる、甚(た)しに通ず、

とある「なし」で、

苛(いら)なし、
荒けなし、
思つかなし、
はしたなし、

等々、

他語に接して、接続詞の如くに用ゐる語、

とある(大言海)のは、

状態を表す語についてク活用の形容詞をつくり、程度の甚だしい意を表わす、

語で、

うつなし、
いらなし、
おぎろなし、

など、

実に……である、
甚だ……である、

意を表わすとする(岩波古語辞典)のと同じである。

「大」 漢字.gif

(「大」 https://kakijun.jp/page/0321200.htmlより)

「大」(漢音タイ・タ、呉音ダイ・ダ)は、「大樹」で触れたように、

象形。人間が手足を広げて、大の字に立った姿を描いたもので、おおきく、たっぷりとゆとりがある意。達(タツ ゆとりがある)はその入声(ニッショウ つまり音)に当たる、

とある(漢字源)。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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posted by Toshi at 04:09| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
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