足摺りをして、いみじげなる顔に貝を作りて泣きければ(今昔物語)、
の、
貝を作る、
は、
口をへの字にする、べそをかく、
とある(佐藤謙三校注『今昔物語集』)。
口を貝の形にする意(岩波古語辞典)、
泣き出す時の口つきが、ハマグリの形に似ているところから(精選版日本国語大辞典)、
とあり、
口をへの字に曲げて、泣きだす、
意で、
子供や僧について言うことが多い、
とある(仝上)。
「たまご」で触れたように、「たまご」の古語は
かひ、
あるいは、
かひこ、
あるいは
かひご、
で(大言海・岩波古語辞典)、「かひこ」は、
卵子(大言海)、
か
殻子・卵(岩波古語辞典)、
とあて、「かひ」は、
卵、
で(仝上)、「かひ」は、
カヒ(貝)と同根、
とあり(岩波古語辞典)、
カヒは殻の意(岩波古語辞典)、
殻(カヒ)あるものの意(大言海)、
と、「たまご」の殻からきおり、
殻、
は、
かひ、
と訓ませ、「貝」は、
殻(かひ)あるものの義、
とある(大言海)。つまり「かひ」は、
貝、
とも
殻、
とも、
卵、
とも、
当て(岩波古語辞典)、「殻」は、
(卵・貝などの)外殻、
の意である(仝上)。和名類聚抄(平安中期)には、
殻、和名与貝(かひ)、同、虫之皮甲也
貝、加比、水物也、
とあり、類聚名義抄(11~12世紀)には、
稃(フ もみがら)、イネノカヒ、
とある。つまり、漢字がない時は、すべても
かひ、
で、漢字によって、
貝、
卵、
殻、
と当て分けたもので、「たまご」の「かひ」は、「殻」から名づけられ、
かひ(殻・貝)の子、
の意味になる(日本語源大辞典)が、
貝と同根、
とされる、「貝(かひ)」の語源は、「殻」に絡ませている、
カヒ(殻)あるところから(箋注和名抄・和訓栞・大言海)、
アラアヒ(殻合)の略(和訓栞・日本語原学=林甕臣)、
殻を背負って歩くところからカラハヒ(柄這)、又はカライリ(柄入)、又はカラユキの反(名語記)、
カはカラ(殻)の下略、イは家の意、又「介」の音が「貝」の訓となる(日本釈名)、
カライヘ(柄舎)から(柴門和語類集)、
などという諸説の他に、
アヒ(合)の義(名言通)、
カヒ(甲)の義(言元梯)、
殻の古代語「介」(ヨロイの中に入ったもの、二枚貝)の義(日本語源広辞典)、
交イ換イから。物々交換に貝を使ったから(日本語源広辞典)、
古く物と交換したところから、カヘ(替)の義(関秘録)、
カは、カシ(炊)の原語、ヒは容器を意味するヘの転(日本古語大辞典=松岡静雄)、
数個取り集める時、カフカフ、カヒカヒと音がするところから(国語溯原=大矢徹)、
「鳥の羽交」「目(ま)な交ひ」などの「交ひ」から(暮らしのことば語源辞典)、
等々の諸説がある。普通に考えると、「殻」「卵」「貝」ともに、
殻(かひ)あるものの義、
とする(大言海)
カヒ(殻)、
からきたとするのが、妥当なのではないか。
(「貝」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%B2%9Dより)
「貝」(慣用バイ、呉音・漢音ハイ)は、
象形。われめのある子安貝、または二枚貝を描いたもの、
とあり(漢字源)、
象形。子安貝(インド洋に産するたから貝)のからの形にかたどり、子安貝、ひいて「かい」の意を表す。古代には、子安貝のかいがらが貨幣の役目をしたことから、たからものの意に用いる、
とも(角川新字源・https://okjiten.jp/kanji60.html)ある。
参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95