2023年05月02日

もとほし


此の相撲どもの過ぎむとするが、皆水干装束にてもとほしをときて、押入烏帽子どもにてうち群れて過ぐるを(今昔物語)、

にある、

もとほしをときて、

は、

衣のくびのまわり、その紐をといてくつろいだ、

と注記がある(佐藤謙三校注『今昔物語集』)。因みに、「押入烏帽子」とは、

えぼしを目深にかぶること、

とある(仝上)。

烏帽子.jpg

(烏帽子 デジタル大辞泉より)

ただ、一般には、

押入烏帽子、

は、

兜の下へおしいれて着けるところから、揉烏帽子(もみえぼし)をいう、

とあり(精選版日本国語大辞典)。

揉烏帽子(もみえぼし)、

は、

薄く漆を塗って柔らかに揉んだ烏帽子、

をいい、

甲をば脱童に持せ、揉烏帽(モミエボ)子引立て(源平盛衰記)、

と、

兜(かぶと)などの下に折り畳んで着用したので、兜を脱ぐと引き立てて儀容を整えたため、

引立烏帽子、

ともいい、なえた形から、

萎烏帽子(なええぼし)、

とも、

梨子打烏帽子(なしうちえぼし)、

ともいう(仝上)とある。

「なしうち」は「萎(な)やし打ち」の変化したもの、で、柔らかにつくった烏帽子、

の意で(仝上)、

漆を粗くかけ、先を尖らせた柔らかな打梨(うちなし)の烏帽子、

である。近世は、

縁に鉢巻をつけ、鎧直垂に用いる(仝上)。

梨子打烏帽子.bmp

(梨子打烏帽子 精選版日本国語大辞典より)

えぼしを目深にかぶること、

の注記が何処から来たかはわからないが、そういう烏帽子をかぶっていたというだけでも意味は通る気がする。

さて、「もとほし」は、

純(もとほし)を解て、押入烏帽子共にて打群て過るを(今昔物語)、

と、

純、

とも当て(精選版日本国語大辞典)、

衣服の襟などの紐に通してある金具、

とある(岩波古語辞典)。しかし、「ほとほし」は、

もとほすの名詞形、

「もとほす」は、

モトホルの他動詞形、

で、「もとほる」は、「もどる」で触れたように、

廻る、

と当て、

細螺(しただみ)のい這(は)ひもとほり撃ちてし止(や)まむ(古事記)、

と、

ぐるぐるとね一つの中心をまわる、

意であり(仝上)、「もとほす」も、

寿(ほ)き(祝い)もとほし、献(まつ)り來し御酒(みき)ぞ(古事記)、

と、

ぐるりとまわし、めぐらす、

意で、色葉字類抄(平安末期)には、

繞、縁、モトヲシ、

類聚名義抄(11~12世紀)には、

縁、ホトリ・ヘリ・モトホシ、

字鏡(平安後期頃)には、

履縁、沓之毛止保之、

天治字鏡(平安中期)に、

衿、領、衣上縁也、己呂毛乃久比乃毛止保志、

とあり、

ぐるりと回る、

意からは、

紐、

よりは、

襟、

のようにも思えるが、「水干」は、

盤領(あげくび 首紙(くびかみ)の紐を掛け合わせて止めた襟の形式、襟首様)、身一幅(ひとの)仕立て、脇あけで、襖(あお)系の上着。襟は組紐(くみひも)で結び留め、裾は袴(はかま)の中に着込める、

もの(日本大百科全書)なので、

紐、

と考えられる。

水干.jpg

(水干 日本大百科全書より)

また、「うへのきぬ」、「宿直」で触れた「束帯」、「衣冠」、「」で触れた「狩衣」、「いだしあこめ」で触れた「直衣(なほし)」は、

イラン系唐風の衣、

で、詰め襟式の、

盤領(あげくび・まるえり)、

で、

中央は、丸く括り、それに沿って下前の端から上前の端まで襟を立てて首上(くびかみ)とし、首上は時代が上るほど高さを加えている。(中略)そして首上の上前の端と、肩通りとに紐をつけて入れ紐といい、前者は丸く蜻蛉(とんぼ)結びとし、後者は羂(わな)として掛け解しに用い、それぞれ受緒(うけお)と蜻蛉(とんぼ)と呼ぶ、

とあり(有職故実図典)、こうした

入れ紐、

の着用法を、

上頸(あげくび)、

という(仝上)ので、やはり、

紐、

なのではないか。

縫腋の袍.jpg

(縫腋の袍 広辞苑より)

なお、

もとほし、

には、

纏、

とあて、

まつはしのうへのきぬ(縫腋)の略、

の、

まつはしの転、

で、

もとほし、

ともいう(大言海)。「縫腋」は、「うへのきぬ」で触れたように、

前身と後身との間の腋下を縫い合わせている、

ことからくる名称である。

「紐」 漢字.gif

(「紐」 https://kakijun.jp/page/himo200.htmlより)

「紐」(慣用チュウ、漢音ジュウ、呉音ニュウ)は、

会意兼形声。「糸+音符丑(チュウ ねじる、ひねって曲げる)」で、柔らかい意を含む、

とある(漢字源)。別に、

会意兼形声文字です(糸+丑)。「より糸」の象形(「糸」の意味)と「手指に堅く力を入れてひねる」象形(「ひねる」の意味)から、ひねって堅く結ぶ「ひも」を意味する「紐」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji2650.html

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
鈴木敬三『有職故実図典』(吉川弘文館)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 03:44| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
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