2023年06月13日

傀儡子


さは此の人はもと傀儡子(くぐつ)にてありけりとは知りける。その後は館の人も國の人も、傀儡子目代(くぐつもくだい)となむ付けて笑ひける(今昔物語)、

の、

傀儡子、

は、

傀儡師、

とも当て、

くぐつ、
くぐつし、
かいらいし、
くぐつまわし、

などとも訓ませ、

傀儡、

とも当て、

大江匡房『傀儡子記』(平安末期)によると、浮浪の民で、男は広く曲芸を演じ、女は媚を売った、

とある(佐藤謙三校注『今昔物語集』)。

傀儡、

は、

操り人形、

の意で、奈良時代の、『華厳経音義私記(けごんきょうおんぎしき)』に、

機関木人、久久都(くぐつ)、

とある。

カイライ、

とも訓ませ、

でくぐつ、
テクルバウ、

ともいい(大言海)、

其の人形を、歌に合わせて舞はす技を業とする者、

を、

傀儡子(カイライシ)、
くぐつまわし、

という(大言海)。類聚名義抄(11~12世紀)には、

傀儡師、クグツマハシ、

とある。女性の場合は、

傀儡女(くぐつ め)、

ともいう(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%82%80%E5%84%A1%E5%AD%90

上記『今昔物語集』にも、少し前に、

傀儡子(くぐつ)の者ども多く館に来て、守(伊豆守小野五友)の前に並び居て歌をうたひ笛を吹き、おもしろく遊ぶ、

とある。大江匡房(おおえのまさふさ)『傀儡子記』には、

傀儡子、定居なく、其妻女ども、旅客に色を売り、父、母、夫、知りて誡めず、

とあり、

集団で各地を漂泊し、男は狩猟をし、人形回しや曲芸、幻術などを演じ、女は歌をうたい、売春も行った、

が(マイペディア)、このために、後に、

傀儡、

は、

遊女の名となる、

とある(大言海)。

傀儡(カイライ)、

は、漢語で、

周穆王時、巧人形有偃者、為本人能歌舞、此傀儡之始(列子)、

と、

あやつり人形、

の意で、それを使う、

人形遣い、

を、

傀儡子自昔傳云、起於漢祖在平城、為冒頓所圍、其城一面、即冒頓妻閼氏兵、強於三面、陣平訪知閼氏妒忌、即造木偶人、運機関、舞於陣閒、閼氏望見、謂是生人、慮其城下冒頓必納妓女、遂退軍、後楽家翻爲戯具(樂府雜録)、

と、

傀儡師、
傀儡子、

といい、

偃師(エンシ)、

ともいう(字源)。「傀儡」は、

魁、
窟、

などとも書かれ、

殉死者の代用物、

である、

明器(めいき)、

に起源するとの考えもある(世界大百科事典)らしいが、漢の応邵の『風俗通』の佚文に、

魁、喪家の楽、

とある、

傀儡、

は、追儺(ついな)の日、

黄金四目の面に、熊皮をかぶり、玄衣朱裳の身ごしらえをし、戈(か)と盾を手に悪鬼を追う、

方相面、

に由来するといわれる。方相の頭が大きく畏怖すべき貌を形容したのが、もともと、

傀儡、

の意味で、この追儺を喪礼に行ったのが、

喪家の楽、

である(仝上)とされる。また、『顔氏家訓』(北斉)に、

問ふ。俗に傀儡子を名づけて郭禿(くわくとく)と爲す、故實有るかと。答へて曰く、……前代の人に姓郭にして禿を病める者有り。滑稽にして戲調す。故に後人其の象を爲(つく)り、呼びて郭禿と爲す、

ともある(字通)。

傀儡師.jpg

(西宮傀儡師(摂津名所図会) 西宮傀儡師は末社百太夫神を租とす。むかし漢高祖平城を囲まれし時、陳平計をめぐらし、木を刻みて美人を作り城上に立てて敵将単于君を詐る。これ傀儡のはじまりなり)

傀儡子たちは、平安期には雑芸を演じて盛んに各地を渡り歩いたが、中世以降、土着して農民化したほか、摂津西宮などの神社の散所民(労務を提供する代わりに年貢が免除された浮浪生活者)となり、夷(えびす)人形を回し歩く、

えびす舞(えびすまわし)、
えびすかき(夷舁)、

となった(マイペディア・日本大百科全書)。これが、のちの、

人形浄瑠璃、

の源流となった(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%82%80%E5%84%A1%E5%AD%90・仝上)。また、一部は寺社普請の一環として、寺社に抱えられ、

日本で初めての職業芸能人、

といわれ、

操り人形の人形劇を行い、女性は劇に合わせた詩を唄い、男性は奇術や剣舞や相撲や滑稽芸を行っていた。呪術の要素も持ち女性は禊や祓いとして、客と閨をともにしたともいわれる(仝上)。

寺社に抱えられたことにより、一部は公家や武家に庇護され、後白河天皇は今様の主な歌い手であった傀儡女らに歌謡を習い、『梁塵秘抄』を遺した。

傀儡子(傀儡師).jpg

(傀儡子(傀儡師)(絵本御伽品鏡』) 日本大百科全書より)

傀儡師2.jpg

(傀儡子(江戸時代) 広辞苑より)

こうした職能組織には属さないものを、

手傀儡(てくぐつ)、

といい、「手」は「私的な」という意味をもち、職能組織のそれが、交通の要衝に地歩を築いて活躍し、人形浄瑠璃の成立につながるが、一方、手傀儡は、

宮中や貴族の邸内に参入、当時の流行芸能である猿楽能などを人形で演じて見せた、

とある(看聞日記・世界大百科事典)。この流れが、

首に人形箱をつるし、その箱の上で人形を操って門付(かどづけ)して歩く首かけ人形芝居、

の形で、江戸時代まで大道芸として存続した(マイペディア)。江戸時代には、これが、

傀儡子(師)芸、

と目され、幕末まで続き、

首かけ芝居、
木偶(でく)まわし、
山猫まわし、

などともいわれ、その特異な風体は清元の歌舞伎(かぶき)舞踊にいまもみられる(日本大百科全書)とある。「山猫」とも呼ばれたのは、

首から下げた箱の中から猫のような小動物の人形を出す、

ことから、江戸では別名そう呼ばれた。なお、

手傀儡(てくぐつ)、

には、

よくよくめでたく舞うものは、巫(かんなぎ)、小楢葉、車の筒とかや、八千独楽(やちくま)、蟾舞(侏儒舞 ひきまひ)、手傀儡、花の園には蝶、小鳥(梁塵秘抄)、

と、

手で直接人形を持って操る人形遣い、
または、
その人形戯、

を指す意もあり(精選版日本国語大辞典・日本大百科全書)、室町時代の文献には、

てくぐつ、

の用例が多い(仝上)とあるが、これは、「私的な」大道芸の流れと繋がっている気がする。

なお「くぐつ(傀儡)」の語源には、

クグ(莎草)で編んだ袋の意のググツコ、クグツトの語尾脱落か。その袋に人形を納めていたところから(偶人信仰の民俗化並びに伝説化せる道=折口信夫)、
クグ(莎草)で編んで作った袋を携帯していたところから(和訓栞・巫女考=柳田国男)、
クグビト(蟆人)の転。蟆(蟇)を食したことから、あるいは谷蟆のように、どこへでも行ったことから(少彦名命の研究=真田貞吉)、
モククツ(木偶出)の義(言元梯)、
クク(茎)は草木の幹の意、ツは男性の尊称のチと通じる。木の人形を使うとき、神ある如くみえるところから(画証録)、
中国語傀儡に対する朝鮮語koangからの転化(演劇百花大事典所引安藤伊賀守正次説)、
唐代語のkulutsから(日本大百科全書)、

と、「クグ(莎草)」とする説が有力だが、併せて、

塩干の三津の海女の久具都(クグツ)持ち玉藻刈るらむいざ行きて見む(万葉集)、

とある、

クグあるいは藁などで編んだ手提げ袋、

の意の、

「くぐつ」(裹)、

の語源について、

袋類の「くぐつ」をつくることを生業とした漂白民の集団で、人形遣いの技をもち、その人形を「くぐつ」に入れて歩いたことによる、

ともあり(日本語源大辞典)、

傀儡、
と、
裹(くぐつ)、

とは深くつながるようだ。本来、

くぐつ(裹)、

は、

刈った藻の入れ物、

で、海辺の草「くぐ」を編んだものと見られる。時代が下るにつれて藁、竹などで編んだ袋や籠もいうようになり、また入れる内容も海藻から米、豆、絹、綾、石炭などに及んでいる、

とある(精選版日本国語大辞典)。

カヤツリグサ.jpg

(カヤツリグサ(蚊帳吊草、莎草) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%A4%E3%83%84%E3%83%AA%E3%82%B0%E3%82%B5より)

くぐ、

にあてる、

莎草、

は、

ささめ、

と訓ませ、

綾ひねささめの小蓑衣きぬに着む涙の雨も凌しのぎがてらに(山家集)、

と、

スゲやチガヤのようなしなやかな草、

をいい、

編んで蓑みのやむしろを作った、

とある(デジタル大辞泉)が、今日、

カヤツリグサ(蚊帳吊草)、

に、

莎草、

があてられているhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%A4%E3%83%84%E3%83%AA%E3%82%B0%E3%82%B5

「傀」 漢字.gif


「傀」(漢音カイ・呉音ケ)は、

会意兼形声。鬼は、頭の大きい亡霊の姿を柄がい象形文字。傀は「人+音符鬼」で、大きく目立つ意、

とあり(漢字源)、「傀偉」「傀然」で大いなる貌、「傀俄」(ガガ)で、大いなる山の崩れかかる貌の意である。また「あやしい」「もののけ」の意もある。「傀儡」で操り人形の意である(字源)。

「儡」  漢字.gif


「儡」(ライ)は、

会意兼形声。田を三つむ重ねた旁は、同じようなものをいくつも積重ねる意を表わす。儡はそれを音符とし、人を添えた字、

とあり(漢字源)、「傀儡」とは、

土のかたまりを積み重ねて頭を丸く大きく拵えた人形、

とある(仝上)。

殉死者の代用物、

とあった(字源)のとつながる。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 03:28| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
コチラをクリックしてください