2023年06月19日

鐙頭(あぶみがしら)


頭の鐙頭(あぶみがしら)なりければ、纓(えい)は背に付かずして離れてなむふられける(今昔物語)、

の、

鐙頭(あぶみがしら)、

は、

後頭部の突き出たでこあたま、

とある(佐藤謙三校注『今昔物語集』)。なお「纓(えい)」は、「帞袼(まかう)」で触れたが、

冠の後ろに垂れた細長い布、

で(佐藤謙三校注『今昔物語集』)、

古くは、髻(もとどり)を入れて巾子(こじ)の根を引き締めたひもの余りを後ろに垂らした。のちには、幅広く長い形に作って巾子の背面の纓壺(えつぼ)に差し込んでつけた、

とある(デジタル大辞泉)。

鐙頭、

は、いわゆる、

さいづちあたま、

の謂いで、

さいづちがしら、

ともいい、

後頭・前頭のつき出て、木槌の頭部のような形をした頭、

をいう(広辞苑)。

さいづち、

は、

才槌、
木椎、

とも当て、

小形の木の槌(つち)、

である(精選版日本国語大辞典)。

さいづち.bmp

(さいづち 精選版日本国語大辞典より)

しかし、「鐙頭」という以上、

さいづち頭、

とは異なり、「鐙(あぶみ)」の形状から見て、

後ろの部分が出っ張った頭、

なのだと思われる。

鐙(和鐙).jpg

(鐙(和鐙) https://www.touken-world.jp/tips/64453/より)

「鐙」は、天治字鏡(平安中期)に、

鐙、阿不彌、

和名類聚抄(平安中期)に、

鐙、鞍兩邊承脚具也、阿布美、

とあり、「移し鞍」で触れたように、

足蹈(アシフミ)の略(足掻(アシカキ)、あがき。足結(アシユヒ)、あゆい)(大言海)、
足(あ)で踏むもの(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)、
足(あ)踏みの意(精選版日本国語大辞典・名語記・和句解・東雅)、
足踏(あぶみ)の意(広辞苑)、

等々ほぼ、

足踏、

の意としている。「移し鞍」で触れたように、「」は、

狭義には鞍橋(くらぼね)、

をいう(広辞苑)。「鞍橋」は、

鞍瓦、

とも当て、

前輪(まえわ)、後輪(しずわ)を居木(いぎ)に取り付け、座の骨組みをなす部分、

をいい(仝上)、近代以前は、

馬の背に韉(したぐら 鞍)をかけ、鞍褥(くらしき)を重ねて鞍橋(くらぼね)をのせ、鞍覆(くらおおい)を敷いて両側に障泥(あおり 泥除け)を下げる、

という形で馬具を整える(世界大百科事典)。この、

鞍橋、

を一般に、

鞍、

という。本来革製であったが、木製の鞍は中国の漢代に現れ(百科事典マイペディア)、日本へは古墳時代に中国から、

木製の地に金銅製や鉄製の覆輪および地板などを施した鞍、

が伝来、そこから生まれた鞍が、

唐鞍(からくら)、

で、平安時代になると、儀礼用の、

唐鞍(からくら)、
移鞍(うつしくら)、

日常用の、「水干」を着るような場合に用いる、

水干鞍、

などと、多様な発展をとげた(世界大百科事典)。

唐鞍(からくら)、

は、

唐風の鞍、

の意で、飾り鞍の一種、

平安時代以来、晴れの儀式の行幸などの飾り馬に用いた唐様の鞍、

で、

朝儀の出行列の正式の馬、

であり、

銀面、頸総(くびぶさ)、雲珠(うず)、杏葉(ぎょうよう)などの飾りがあり、蕃客の接待、御禊(ごけい)、供奉(ぐぶ)の公卿、賀茂の使いなどが使用した、

とある(広辞苑・日本国語大辞典)。

唐鞍.jpg

(唐鞍 広辞苑より)

これに対するのが、

大和鞍(やまとぐら)、
倭鞍(わぐら)、

で、

唐様の鞍に対して和様化した鞍、

をいい、

唐鞍(からくら)の皆具(かいぐ)に対して、皆具の和様の鞍の一式、

をいう(日本国語大辞典)。

中心となる鞍橋(くらぼね)は、前輪と後輪(しずわ)の内側にそれぞれ切込みを設けて、居木先(いぎさき)をはめこみ、鐙(あぶみ)の袋には舌をつけたのを用い、韉(下鞍 したぐら)を二枚重ねにして、装束の汚れをふせぐ障泥(あおり)を加え、糸鞦(いとしりがい)には総(ふさ)などをつけて装備し、布手綱(ぬのたづな)に差縄を合わせて使用するのを特色とする、

という(仝上)。

大和鞍.jpg

(大和鞍 広辞苑より)

最も古い鐙は、

金属製で輪の形状をした、

輪鐙」(わあぶみ)、

https://www.touken-world.jp/tips/64453/

輪鐙の上方には力韋(ちからがわ:鐙を取り付ける革)を結ぶための穴が空けられ、他の馬具に取り付けることができます、

とある(仝上)。

輪鐙.jpg


「壺鐙」(つぼあぶみ)、

は、

古墳時代末期に完成した鐙。足先のみを金属で覆う様式、

で、輪鐙よりも馬からの乗り降りがしやすいように工夫がされ、また、落馬の際などに足を鐙から抜けやすくし、事故を防ぐ効果があるとされるhttps://www.touken-world.jp/tips/64453/。「法隆寺」や「正倉院」に多くの壺鐙が収蔵されている。

壺鐙.jpg


半舌鐙(はんしたあぶみ)、

は、奈良時代から平安時代末期に流行し、「移し鞍」でも触れたが、

馬上で武器を扱うため、より踏ん張れる機能が求められるようになり「半舌鐙」(はんしたあぶみ)を考案。半舌鐙は、壺鐙の後方に10cmほどの踏板を伸ばした形状、

が用いられるhttps://www.touken-world.jp/tips/64453/

半舌鐙.jpg


武士達が力を付けはじめた平安時代末期に登場したのが、

「舌長鐙」(したながあぶみ)、

で、武士達が、戦場で鞍立(くらたち 馬上で鐙を踏ん張って立ち上がること)をしながら槍や弓を使用するようになったからとされるhttps://www.touken-world.jp/tips/64453/

舌長鐙.jpg


舌長鐙、

は、鐙を吊り下げたときに前部が傾いてしまうのを防ぐため、随所に金属などの重りを装着して、常に水平になるよう工夫が施されている(仝上)という。機能面の高さから、江戸時代末期に「洋鐙」(ようあぶみ:海外で使用されている輪鐙)が導入されるまで、利用された(仝上)。

鐙の各部名称.jpg

(鐙の各部名称 https://www.touken-world.jp/tips/64453/より)


「鐙」 漢字.gif


「鐙」(トウ)は、

会意兼形声。「金+音符登(トウ のぼる、のせる)」

とあり(漢字源)、別に、

形声。「金」+音符「登 /*TƏNG/」。「たかつき」「ランプ(の台)」を意味する漢語{燈 /*təəng/}を表す字。のち仮借して「あぶみ」を意味する漢語{鐙 /*təəngs/}に用いる、

とあるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%90%99

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 03:12| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
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