車のながえにつきて、牛飼童を打てば、童は牛を棄てて逃げぬ(今昔物語)、
の、
ながえ、
は、
轅、
と当て、
長柄の意、
で(広辞苑)、
長柄、
とも当て(岩波古語辞典)、
牛車(ぎっしゃ)・馬車などの前に長く平行に出した2本の棒。その前端に軛(くびき)を渡し、牛馬に引かせる、
とある(仝上)が、牛車(ぎっしゃ)・馬車だけでなく、
輦(てぐるま)、
輿(こし)、
などの、
乗物の箱の台の下に平行して添えた二本の長い棒、
をいう(精選版日本国語大辞典)。
輦、
は、駕輿丁(かよちょう)の肩にあて、
輿、
は、力者(ろくしゃ)の腰に添え、
牛車、
は、前方に長く挺出して軛(くびき)を通し、牛に引かせる(仝上)。
和名類聚抄(平安中期)に、
轅、奈加江、
字鏡(平安後期頃)に、
轅、輗、端横木、以縛振(枙)者也、奈加江乃波志乃久佐比、
とある。
(牛車 広辞苑より)
(牛車(八葉車 『平治物語絵巻』) 日本大百科全書より)
輦(てぐるま)、
は、
手車、
輦車、
とも当て、
輦(れん)に車をつけ、肩でかつがずに車で運行する乗り物、
で、特に、
手車の宣旨を受けた皇太子または親王・内親王・女御・大臣などが乗用する、
もので、
れんしゃ、
ともいう(精選版日本国語大辞典)。「輦(れん)」は、
輦輿(れんよ)、
ともいい、
土台につけた轅(ながえ)を数人で肩にかついで進行する乗り物、
で、
天皇など特に身分の高い人の乗り物、
とされる(仝上)。
(輦(てぐるま) 精選版日本国語大辞典より)
輿(こし)、
は、
人を乗せる台の下に二本の轅(ながえ)をつけて、肩にかつぎ上げ、または手で腰の辺にさげて行くもの、
で、台の四隅に柱を立て、屋根をつけた、
四方輿(しほうごし)、
側面を覆った、
網代輿(あじろごし)、
の他、
筵輿(むしろごし)、
板輿(いたごし)、
塗輿(ぬりごし)、
等々の種類がある(仝上)。
(輿の種類 日本大百科全書より)
轅(エン)、は、
輈(チュウ)、
とも言い、
攀轅臥轍、
というように、
ながえ、
の意で、
車輿の傍より出たる二本の直木、
とある(字源)。
輈、
は、
小車、即ち、兵車、田車、乗車の曲がれるながえ、
轅、
は、
大車(牛にひかせる運搬車)、
と区別する(仝上)。
牛車(ぎっしゃ・ぎゅうしゃ・うしくるま・うしぐるま)は、
奈良時代以前にも車の制はあったが、平安遷都以来、京洛(きょうらく)を中心に道路の発達と路面の整備によって、牛車を盛んに乗用として利用するようになった、
という(日本大百科全書)。その構造は、
軸(よこがみ)の両端に車輪をつけた二輪車で、人の乗る屋形(またの名を箱という)をのせる。この前方左右に長く前に出ている木を轅の先端の横木、軛(くびき)を牛の首にかける。屋形の出入口には御簾を前後に懸け垂らし、内側に絹布の下簾(したすだれ)をつける、
とある(仝上)。
四人乗り、
が通常で、二人や六人の場合もある(仝上)。平安中期を中心にし、武家の世になると牛車の乗用は衰え、特定の乗り物となり、一般日常には腰輿(たごし)を使用した。室町時代以降、大型化した新しい様式の、
御所車(ごしょぐるま)、
が出現した(仝上)。乗用の目的だけではなく、外観の装飾を華美にすることを競い、
賀茂祭(かもまつり)に用いた飾車(かざりぐるま)や、出衣(いだしぎぬ)といって女房の着ている衣装の一部を美しく重ねて御簾(みす)から垂らして見物の一つとしたこと、
などでも知られる(仝上)とある。「出衣」については、「いだしあこめ」で触れたように、
牛車の簾(すだれ)の下から女房装束の裾先を出して装飾とすること、寝殿の打出(うちで)のように装束だけを置いて飾りとすること、
をいう(学研全訳古語辞典)。
牛車は、乗る人の位階、家格や正式の出行か否かなどによりその構造が種々に分かれ、名称も異なり、
唐庇車(からびさしのくるま)、
雨眉車(あままゆのくるま)、
檳榔庇車(びろうびさしのくるま)、
檳榔毛車(びろうげのくるま)、
糸毛車(いとげのくるま)、
半蔀車(はじとみのくるま)、
網代庇車(あじろびさしのくるま)、
網代車(あじろのくるま)、
八葉車(はちようのくるま)、
金作車(こがねづくりのくるま)、
飾車(かざりぐるま)、
黒筵車(くろむしろのくるま)、
板車、
などの種類がある(精選版日本国語大辞典)。
たとえば、
「唐廂車」(からびさしのくるま)、
は、牛車のなかで最高級の車で、
上皇、摂政、関白などが晴れの舞台で使用する大型の車、
とされ、
屋形の軒が中央部は弓形で、左右両端が反り返った曲線状の唐破風(からはふ)に似たつくり、
になっていて、別名、
唐車(からぐるま)、
とも言い、
屋根や廂(ひさし)、腰には、「檳椰樹」(びんろうじゅ)の葉を用い、袖は彩色が施され、「蘇芳簾」(すおうのれん)という黒味を帯びた赤色の簾を、屋形の前後と物見(屋形の左右にある窓)に付け、下簾は唐花(からはな)や唐鳥(からとり)の文様となっているのが特徴、
とある(https://www.touken-world.jp/tips/36783/)。
また、『平治物語絵巻』に描かれた、
八葉車(はちようのくるま)、
は、
網代車のひとつで、屋形の網代を萌黄色に塗り、屋形と袖には8つの葉の模様(九曜星)が描かれているのが特徴、
で、
文様の大小により、「大八葉車」や「小八葉車」と呼ばれ、前者の、
大八葉車、
は、親王や公卿、高位の僧が用い、後者の、
小八葉車、
は少納言・外記などの中流貴族、女房などが使用した(https://www.touken-world.jp/tips/36783/)とある。
また、牛車の主流になった、
「網代車」(あじろぐるま)、
は、
青竹の細割(または檜の薄い板状の物)を斜めに組んで屋形を張った車の総称、
で、
官位、家格、年齢等の違いによって乗用する車の仕様が異なり、大臣が乗る車は「袖白の車」または「上白の車」と言い、袖表や棟表は白く、家紋が付いている。棟、袖、物見の上に文様を描いた車を「文の車」(もんのくるま)と呼ぶ、
とあり、
網代車は、袖や立板などに漆で絵文様を描いた物が多く、加工や彩色も多様にできることから、屋形の形や物見の大小、時代の趣向などによって、様々な車に発展し、牛車の主流となりました、
とある(仝上)。なお、「半蔀車」については「半蔀(はじとみ)」で触れた。
なお、牛車に乗るには、
榻(しじ)を置いて後方から乗り、
降りるには、
牛を轅(ながえ)から外して、簾を上げて前方から降りる(学研全訳古語辞典)が、男が乗るときは御簾を上げ、女が乗るときは御簾を下ろしている(日本大百科全書)。通常の四人乗りの場合、
二人ずつ並んだ形で互いに向かい合って両側を背にして座る、
が、前の右側→前の左側→後の左側→後の右側と、席の序列が定まっている。男女が乗り合わせる場合は、
男が右側に入って向かい合う、
とある(仝上)。
中国では、乗物としての牛車は、
漢代以前は貧者に限られ、後漢末の霊帝(在位168~189)、献帝(在位189~220)のころから六朝の間に天子から士大夫にいたるまであらゆる階層の常用車となった。このためこの時代には、馬車は流行しなくなり、とくに優れた牛を、
賽牛(さいぎゅう)、
と呼び、ときには千里の馬になぞらえて、
八百里の牛、
と称して珍重した(世界大百科事典)。貴人の牛車は、
台車の上に屋と簾をつけ、
民間の牛車は、
屋のない露車、
であった(仝上)。
なお、宮城内に車を乗り入れることは禁じられていたが、
牛車許(ゆる)す、
というと、
牛車(ぎっしゃ)に乗って宮中の門を出入りすることを許す、
ことで、親王、摂政関白、および宿老の大臣が許された(広辞苑)。
牛車の宣旨(せんじ)、
とは、
親王、摂関家などが、牛車に乗ったまま、宮中の建礼門まではいることを許す旨を記した宣旨、
をいう(精選版日本国語大辞典)。
轅下(えんか)の駒、
というのは、史記・武安侯伝に由来し、
「駒」はまだ力の弱い2歳の馬で、車を引いても動かないことから、人の束縛を受けて思い通りにできないこと、
そこから、、
能力が十分でないこと、
のたとえとしていう(広辞苑)。
轅門(えんもん)、
は、
中国で、戦陣で車を並べて囲いとし、出入り口は兵車を仰向け、轅(ながえ)を向かい合わせて門にした、
ことから、
陣営の門、
軍門、
の意で使う(仝上)。
なお、「牛車」を、
ごしゃ、
と訓む(「ご」は「牛」の慣用音)と、「大白牛車(だいびゃくごしゃ)」で触れたように、法華経譬喩品の、
如下彼長者初以三車誘引諸子。然後但与大車宝物荘厳安隠第一。然彼長者、無中虚妄之咎上
から出た、
某長者の邸宅に火災があつたが、小児等は遊戯に興じて出ないので、長者はために門外に羊鹿牛の三車あつて汝等を待つとすかし小児等を火宅から救ひ出したといふ比喩で、羊車はこれを声聞乗に、鹿車はこれを縁覚乗に、牛車はこれを菩薩乗に喩へた、この三車には互に優劣の差のないではないが、共にこれ三界の火宅に彷復ふ衆生を涅槃の楽都に導くの法なので、斯く車に喩へたもの、
で(仏教辞林)、
火宅にたとえた三界の苦から衆生を救うものとして、声聞・縁覚・菩薩の三乗を羊・鹿・牛の三車に、一仏乗を大白牛車(だいびゃくごしゃ)にたとえた、
三車一車、
によるもので、
すべての人が成仏できるという一乗・仏乗のたとえに用いられる、
とある(仝上)。
「轅」(漢音ウン、呉音オン)は、
会意兼形声。「車+音符袁(エン 遠 とおまわり、ゆるい曲線をえがく)」、
とある。
参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95