此の白装束の男どもの馬に乗りたる、或はひた黒なる田楽(の鼓)を腹に結びつけて、袂(たもと)より肱(ひぢ)を取り出して左右の手に桴(ばち)を持ちたり。或は笛を吹き、高拍子を突きささらを突き、えぶり(木製の鍬)をさして、様々の田楽を二つ三つまうけて打ちののしり、吹きかなでつつ狂ふこと限りなし(今昔物語)、
とある、
田楽、
は、
日本芸能の一つ、
で、平安時代から行われ、もと、田植えのときに田の神をまつるため笛・太鼓を鳴らして田の畔で歌い舞った、
田舞、
に始まり、やがて専門の、
田楽法師、
が生まれ、
腰鼓・笛・銅拍子(どびょうし)・簓(ささら)等の楽器を用いた群舞、
と、
高足(たかあし)に乗り、品玉(しなだま)を使い、刀剣を投げ渡しなどする曲芸、
とを本芸とした(日本国語大辞典・広辞苑)。鎌倉時代から南北朝時代にかけて、
田楽能、
を生んで、本座・新座などの座を形成し、盛んに流行し、猿楽(さるがく)と影響しあった。のちに衰え、現在は種々のものが、民俗芸能として各地に残る(仝上)とある。
(田楽(年中行事絵巻) 精選版日本国語大辞典より)
(田楽(年中行事絵巻) 学研古語辞典より)
「田楽」は、平安時代中期に成立し、田植え時の、田遊び・田植祭など田の豊作を祈願する、
田舞(田儛 たまひ・たのまひ・でんぶ)、
が発展したもので、
歌詞ありて、舞人は凡そ四人、楽につれて舞ふ、
とある(大言海)。これは、古え、大嘗祭の際、
主基人等、入就中座右幄、奏田舞(儀式・践祚大嘗祭儀)、
と、
主基(須岐・次 すき)の人などが奏した舞、
の名にもなっている(大言海・岩波古語辞典)。「主基(すき)」は、
二番目、次いでの意、
で、
悠紀(ゆき)の國に次いで、新穀を奉る國、
を指す。大嘗祭では、使われる新穀・酒料を出す国郡を占いによって定められたが、その第一に奉る国が、
悠紀(斎忌・由基 ゆき)、
で、
ユは神聖なるもの、キは酒。聖なる酒を奉る国、
の意である(岩波古語辞典)。ここに、古く「田舞」の由来が残っている。
田楽を演ずる者を、
田楽法師、
といい、
仏教や鼓吹と結びついて一定の格式を整え、芸能として洗練されていった。やがて専門家集団化した田楽座は在地領主とも結びつき、神社での流鏑馬や相撲、王の舞などとともに神事渡物の演目に組み入れられた、
とあり(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B0%E6%A5%BD)、
田楽能、
と呼ばれたが、室町後期には、世阿弥による猿楽能に押された衰退した(古語大辞典)。
各地に、民俗芸能として伝わったが、その共通する要素は、
びんざさらを用いる
腰鼓など特徴的な太鼓を用いるが、楽器としてはあまり有効には使わない、
風流笠など、華美・異形な被り物を着用する、
踊り手の編隊が対向、円陣、入れ違いなどを見せる舞踊である、
単純な緩慢な踊り、音曲である、
神事であっても、行道のプロセスが重視される、
王の舞、獅子舞など、一連の祭礼の一部を構成するものが多い、
とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B0%E6%A5%BD)。
(田楽 広辞苑より)
(田楽 大辞林より)
「ささら」は、
簓、
と当て、
長さ三〇センチメートルぐらいの、竹の先をこまかく割って束ねた竹筒(ささら竹)と、こぎりの歯のように刻み目をつけた木の棒(木竿、ささらこ)とをすり合せせて音を出す、
もので、
棒ささら、
といい、本来のささらはこれを指す。
端に孔をあけた短冊様の板を、その孔に紐を通して数枚もしくは数十枚重ねて、その両端の二枚を持って振り鳴らす、
ものも、ささらというが、これは、
びんささら(びんざさら こきりこささら、板ささら)
といい、
編木、
の字をあて、
拍板、
とも書く(精選版日本国語大辞典)。
(ささら 精選版日本国語大辞典より)
(びんざさら(こきりこささら) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%95%E3%81%95%E3%82%89より)
田楽、
は、
田囃子の田楽、
に由来して、
田楽法師による、
田楽踊、
になったわけだが、
田楽法師、
は、座の組織を持ち、
永長元年之夏、洛陽大有田楽之事、初自閭里及於公卿、高足、一足、腰鼓、振鼓、銅鈸子(どびょうし)、編子(ささら)、殖女、養女之類、日夜無絶、喧噪之甚、驚人耳(大江匡房『洛陽田楽記(らくようでんがくき)』)、
と、
神社の祭礼などにも出た。笠は飾りの藺笠で、風流(ふりゅう)といって蓬萊鶴亀等がつくられている。このようにつくり物をすることが、やがて後に、変化しながら祭礼に出る傘鉾や、つくり山にもなる、
とある(https://costume.iz2.or.jp/costume/510.html)。「風流」については触れた。
田楽といひて、あやしきやうなる鼓、腰に結ひつけて、笛吹き、ささらといふ物突き、さまざまの舞して…(栄華物語)、
の、
「田楽」という名称の由来には、
田植えのときの楽であるところから(俚言集覧・芸能辞典)、
田はいやしい意で、正しく風雅な楽でないという意(貞丈雑記・安斎雑考・和訓栞)、
田野の学の義、また申楽の申が田の字に転じたものか(和訓栞)、
田舎の猿楽の義(能楽考)、
などの諸説があるけれども、
田はいやしい意、
を込めていることは確かのようである。しかし、猿楽より人気で、
鎌倉時代にはいると、田楽に演劇的な要素が加わって田楽能と称されるようになった。鎌倉幕府の執権北条高時は田楽に耽溺したことが『太平記』に書かれており、室町幕府の4代将軍足利義持は増阿弥の芸を好んだことが知られる。田楽ないし田楽能は「能楽」の一源流であり、「能楽」の直接の母体である猿楽よりむしろ高い人気を得ていた時代もあった、
とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B0%E6%A5%BD)。さらに、
田楽は、大和猿楽の興隆とともに衰えていったが、現在の能(猿楽の能)の成立に強い影響を与えた。能を大成した世阿弥は、「当道の先祖」として田楽から一忠(本座)、喜阿弥(新座)の名を挙げている、
とある(仝上)。しかし、
田楽は昔は目で見今は食ひ
という川柳に残るほど、いつのまにか、「田楽」は、
田楽豆腐、
田楽焼、
とされた。『宗長手記』(大永六年(1526)))に、
田楽たうふ、
とある(仝上)。
「田楽」に由来する、田楽豆腐については、「おでん」、「祇園豆腐」で触れ、また、それとかかわる「田楽」についても触れたが、「おでん」は、
御田、
と当てる。
田楽、
のことで、
田楽(でんがく)」の「でん」に、接頭語「お」を付けた女房詞、
である。御所で使われたことばが、上流社会に通じたもので、それが民間に広がった。
田楽、
とは、
豆腐に限って言った、
ので(たべもの語源辞典)、「おでん」は、
豆腐、
と決まっていた。
豆腐を長方形に切って、竹の串をさして炉端に立てて焼き、唐辛子味噌を付けて食べた。初めは、つける味噌は唐辛子味噌に決まっていた、
のであり、これが、
おでん、
であった(仝上)。
「田楽」という名前の起こりは、
炉端に立てて焼く形が田楽法師の高足の曲という技術の姿態によく似ているので、のちに、豆腐の焼いたものを田楽とよぶようになった、
ともいう(仝上)、とある。「高足」(たかあし、こうそく)とは、
田楽で行われる、足場の付いた一本の棒に乗って飛び跳ねる芸、
で、
鷺足(さぎあし)、
とも呼び(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E8%B6%B3)、
田植どきに豊作を祈念して白い袴(はかま)に赤、黄、青など色変わりの上衣を着用し、足先に鷺(さぎ)足と称する棒をつけて田楽舞を行った。このときの白袴に色変わりの上衣、鷺足の姿が、白い豆腐に色変わりのみそをつけた料理に似ているので、田楽のようだといったのがこの料理の名称となり、本来の舞のほうは忘れ去られた、
とある(日本大百科全書)。
(「田」 金文・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%94%B0より)
「田」(漢音テン、呉音デン)は、
四角に区切った耕地を描いたもの。平らに伸びる意を含む。また田猟の田は、平地に人手を配して平らに押していく狩のこと、
とある(漢字源)。別に、
象形文字です。「区画された狩猟地・耕地」の象形から「狩り・田畑」を意味する「田」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji108.html)。
(「樂(楽)」 https://kakijun.jp/page/gaku15200.htmlより)
(「樂」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%A5%BDより)
「樂(楽)」(ガク、ラク)は、
象形。木の上に繭のかかったさまを描いたもので、山繭が、繭をつくる櫟(レキ くぬぎ)のこと。そのガクの音を借りて、謔(ギャク おかしくしゃべる)、嗷(ゴウ のびのびとうそぶく)などの語の仲間に当てたのが音楽の樂。音楽で楽しむというその派生義を表したのが快楽の樂。古くはゴウ(ガウ)の音があり、好むの意に用いたが、今は用いられない、
とある(漢字源)。音楽の意では「ガク」、楽しむ意では、「ラク」と訓む。しかし、この、
「木」に繭まゆのかかる様を表し、櫟(くぬぎ)の木の意味。その音を仮借、
とする説(藤堂明保)、
に対し、
木に鈴をつけた、祭礼用の楽器の象形、
とする説(白川静)がある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%A5%BD)。また別に、
象形。木に糸(幺)を張った弦楽器(一説に、すずの形ともいう)にかたどり、音楽、転じて「たのしむ」意を表す、
とも(角川新字源)、
象形文字です。「どんぐりをつけた楽器」の象形から、「音楽」を意味する「楽」という漢字が成り立ちました。転じて(派生して・新しい意味が分かれ出て)、「たのしい」の意味も表すようになりました、
とするものもある(https://okjiten.jp/kanji261.html)。
参考文献;
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95