梓の真弓


武者を好まば小胡簶(こやなぐひ)、狩を好まば綾藺笠(あやゐがさ)、捲くり上げて、梓(あづさ)の真弓(まゆみ)を肩にかけ、軍(いくさ)遊をよ軍神(いくさがみ)(梁塵秘抄)、

の、

梓の真弓(あずさのまゆみ)、

は、

「真」は美称の接頭語、

で、

梓弓(あづさゆみ)、

の意である(精選版日本国語大辞典)。因みに、「胡簶」、「綾藺笠」については触れた。

梓弓、

は、

梓の木で作った丸木の弓、

で、

渡瀬に立てる阿豆佐由美(アヅサユミ)檀(まゆみ)い伐らむと心は思へど……そこに思ひ出愛(かな)しけくここに思ひ出い伐らずそ来る阿豆佐由美(アヅサユミ)檀(古事記)、

と、

上代、狩猟、神事などに用いられ、

あずさの弓、
あずさの真弓、

とも呼ばれた。のちに、

あずさみこ、

が、死霊や生霊を呼び寄せる時に鳴らす小さな弓、

の意となり、転じて、

あずさみこ、

をもいうようになった(仝上)。

巫女」で触れたように、「梓(あづさ)」は、

カバノキ科の落葉高木、

で、

古く呪力のある木とされた、

とあり(岩波古語辞典)、古代の「梓弓」の材料とされ、和名抄には、

梓、阿豆佐、楸(ひさぎ、きささげ)之属也、

とある。この「梓」には、古来、

キササゲ、
アカメガシワ、
オノオレ、
リンボク(ヒイラギガシ)

などの諸説があり一定しなかったが、白井光太郎による正倉院の梓弓の顕微鏡的調査の結果などから、

ミズメ(ヨグソミネバリ)、カバノキ科の落葉高木、

が通説となっている、とあるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A2%93。「梓弓」は、

古くは神事や出産などの際、魔除けに鳴らす弓(鳴弦)として使用された、

とありhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A2%93%E5%BC%93

梓弓の名に因りて、万葉集に、弓をアヅサとのみも詠めり、今も、神巫に、其辞残れり、直に、あづさみことも云へり、神を降ろすに、弓を以てするば和琴(わごと)の意味なり(和訓栞)、

と、

神降ろしに用いる、

が、

その頃はべりし巫女のありけるを召して、梓弓に、(死人の靈を)寄せさせ聞きにけり(伽・鼠草子)、

と、

梓の弓をはじきながら、死霊や生霊を呼び出して行う口寄せ、

をも行う(岩波古語辞典)。

あづさみこ

は、

小弓に張れる弦を叩きて、神降をし、死霊・生霊の口寄せをする、

といい、

髑髏(しゃれこうべ)を懐中し居るなり、これをアヅサとのみも云ひ、又、市子とも、縣巫(あがたみこ)とも云ふ、何れも賤しき女にて、賣淫をもしたりと云ふ、

とある(大言海)。「鳴弦」つまり「弦打ち」については触れた。

巫女」で触れたように、「巫女」は、

かんなぎ

ともいうが、

あがたみこ、
あづさみこ、
いちこ、

等々とも呼ぶものもある(大言海)。柳田國男や中山太郎の分類によると、

おおむね朝廷の巫(かんなぎ)系、

と、

民間の口寄せ系、

に分けられ、「巫(かんなぎ)系」巫女は、関東では、

ミコ、

京阪では、

イチコ、

といい、口寄せ系巫女は、

京阪では、

ミコ、

東京近辺では、

イチコ、
アズサミコ、

東北では、

イタコ、

と呼ばれる、とあるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B7%AB%E5%A5%B3。柳田は、「もともとこの二つの巫女は同一の物であったが、時代が下るにつれ神を携え神にせせられて各地をさまよう者と、宮に仕える者とに分かれた」とした(仝上)。

この原型となる「神に仕える女性」として、

邪馬台国の卑弥呼、
天照大神、
倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと)、
倭姫命(やまとひめのみこと)、
神功(じんぐう)皇后、

等々を見ることができ、沖縄の、

のろ、
ゆた、

もそれである(日本大百科全書)。

朝廷の巫(かんなぎ)系である、

宮廷や神社に仕え、神職の下にあって祭典の奉仕や神楽をもっぱら行うもの、

には、

神祇官に仕える御巫(みかんなぎ)(大御巫、坐摩(いがすり)巫、御門(みかど)巫、生島(いくしま)巫)、
宮中内侍所(ないしどころ)の刀自(とじ)、
伊勢神宮の物忌(ものいみ)(子良(こら))、
大神(おおみわ)神社の宮能売(みやのめ)、
熱田神宮の惣(そう)ノ市(いち)、
松尾神社の斎子(いつきこ)、
鹿島神宮の物忌(ものいみ)、
厳島(いつくしま)神社の内侍(ないし)、
塩竈(しおがま)神社の若(わか)、
羽黒神社の女別当(おんなべっとう)、

等々があり、いずれも処女をこれにあてた、とされる(仝上)。

民間の口寄せ系である、

神霊や死霊の口寄せなどを営む呪術的祈祷師、

には、

市子(いちこ)、

という言葉が一般に用いられており、東北地方では、巫女のことを一般に「いたこ」といい、これらの巫女はほとんど盲目である。そのほか、

関東の梓(あずさ)巫女、
羽後(うご)の座頭嬶(ざとうかか)、
陸中の盲女僧、
常陸の笹帚(ささはた)き、

等々の称がある、とされる(仝上)。

「いちこ」は、

降巫(岩波古語辞典)、
市子(日本語源大辞典)、
巫子(仝上・江戸語大辞典)、
神巫(大言海)、

等々と当て、

巫女、

の意で、

イチは巫女をあらわす語、コは子、

とあり(岩波古語辞典)、「イチ」は、

和訓栞、イチ「神前に神楽をする女を、イチと云ふは、イツキの義にや、ツ、キ、反チなり」。斎巫(いつきこ)なり。松尾神社に斎子(いつきこ)あり、春日神社等に、斎女(イツキメ)あり、此語、口寄せする市子とは、全く異なり、

とあり(大言海)、

略してイチとのみも云ひ、一殿(イチドノ)とも云ふ、

とある(仝上)。あくまで、ここでは「いちこ」は、

巫女、

の意で、

神前に神楽する舞姫、神楽女(かぐらめ)、

の意とする。この「いちこ」のひとつに、

あづさみこ、

がある(岩波古語辞典)とされる。

なお、「梓弓」は、古くから枕詞として使われ、

弓の弦を引く、または張るところから「い」「いる」「ひく」「はる」、
弓の部分名称から「もと」「すえ」「つる」、
弓を引けば、弓の本と末とが寄るところから「よる」、
弓が反るところから「かえる」、
矢を射る音から「や」「おと」、

等々に冠せられる(精選版日本国語大辞典・日本大百科全書)。

なお、「弓」については、「弓矢」で触れた。

「梓」 漢字.gif


「梓」(シ)は、

会意兼形声。辛(シン)は、鋭い刃物の象形で、切る意を表わす。梓は「木+音符辛」で、刃物で切ったり刻んだりするのに適した木、

とある(漢字源)。別に、

会意兼形声文字です(木+宰の省略形)。「大地を覆う木」の象形と「入れ墨をする為の針」の象形(「祭事や宴会の為に調理する」の意味)から、「木材で各種の器具を作る職人、建具師」を意味する「梓」という漢字が成り立ちました。また、「あずさの木」、「版木(はんぎ)」の意味も表すようになりました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji324.html

「辛」 漢字.gif



「辛」 金文・殷.png

(「辛」 金文・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%BE%9Bより)

「辛」(シン)は、

象形。鋭い刃物で描いたもので、刃物でぴりっと刺すことを示す。転じて、刺すような痛い漢字の意、

とある(漢字源)。別に、

象形。罪人に入れずみをする針の形にかたどり、印をつける針の意を表す。転じて、つみの意に用いる。借りて、五味の一つや、十干(じつかん)の第八位に用いる、

とか(角川新字源)、

象形文字です。「入れ墨をする為の針」の象形から、「つらい」を意味する「辛」という漢字が成り立ちました、

などとあるhttps://okjiten.jp/kanji1655.htmlが、

刑罰や入墨に用いる道具を象る象形という説は別の「䇂」という文字との混同に由来する誤った分析で、本項の「辛」は刑罰や罪とは関係がない、

ともあるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%BE%9B

「弓」 漢字.gif

(「弓」 https://kakijun.jp/page/0332200.htmlより)


「弓」 甲骨文字・殷.png

(「弓」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%BC%93より)

「弓」(漢音キュウ、呉音ク・クウ)は、

象形。弓の形を描いたもの。曲線をなす意を含む、

とある(漢字源)

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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