2023年08月13日

一乗


娑婆に須臾(しばし)も宿れるは、一乗聴くこそあはれなれ、嬉しけれ、や、人身再び受け難(がた)し、法華経に今一度、いかでか参り會はむ(梁塵秘抄)、

の、

一乗、

は、サンスクリット語、

エーカ・ヤーナeka-yāna(一つの乗り物)、

の訳語、

「一」は唯一無二の義、
「乗」は乗物、

の意、

開闡一乗法、導諸群生、令速成菩提(法華経)、

と、

乗物の舟車などにて、如来の教法、衆生を載運して、生死を去らしむる、

とあり(大言海)、乗(乗り物)は、

人々を乗せて仏教の悟りに赴かせる教え、

をたとえていったもので、

真の教えはただ一つであり、その教えによってすべてのものが等しく仏になる、

と説くことをいう(精選版日本国語大辞典・日本大百科全書)とある。「声聞」で触れたように、

悟りに至るに3種の方法、

には、

声聞乗(しょうもんじょう 仏弟子の乗り物)、
縁覚乗(えんがくじょう ひとりで覚(さと)った者の乗り物)、
菩薩乗(ぼさつじょう 大乗の求道(ぐどう)者の乗り物)、

の三つがあり、

三乗、

といい、『法華経』では、この三乗は、

一乗(仏乗ともいう)、

に導くための方便(ほうべん)にすぎず、究極的にはすべて真実なる一乗に帰す、

と説き(仝上)、

三乗方便・一乗真実、

といい、それを、

一乗の法、

といい、主として、

法華経、

をさす(仝上)。

声聞」で触れたように、

声聞、

は、

梵語śrāvaka(シュラーヴァカ)、

の訳語、

声を聞くもの、

の意で、

釈迦の説法する声を聞いて悟る弟子、

である(精選版日本国語大辞典)のに対して、

縁覚(えんがく)、

は、

梵語pratyeka-buddhaの訳語、

で、

各自にさとった者、

の意、

独覚(どっかく)、

とも訳し、

仏の教えによらず、師なく、自ら独りで覚り、他に教えを説こうとしない孤高の聖者、

をいう(仝上・日本大百科全書)。

菩薩、

は、

サンスクリット語ボーディサットバbodhisattva、

の音訳、

菩提薩埵(ぼだいさった)、

の省略語であり、

bodhi(菩提、悟り)+sattva(薩埵、人)、

より、

悟りを求める人、

の意であり、元来は、

釈尊の成道(じょうどう)以前の修行の姿、

をさしている(仝上)とされる(「薩埵」については触れた)。つまり、部派仏教(小乗)では、

菩薩はつねに単数で示され、成仏(じょうぶつ)以前の修行中の釈尊、

だけを意味する。そして他の修行者は、

釈尊の説いた四諦(したい)などの法を修習して「阿羅漢(あらかん)」になることを目標にした(仝上)。

阿羅漢、

とは、

サンスクリット語アルハトarhatのアルハンarhanの音写語、

で、

尊敬を受けるに値する者、

の意。

究極の悟りを得て、尊敬し供養される人、

をいう。部派仏教(小乗仏教)では、

仏弟子(声聞)の到達しうる最高の位、

をさし、仏とは区別して使い、これ以上学修すべきものがないので、

無学(むがく)、

ともいう(仝上)。ただ、大乗仏教では、

個人的な解脱を目的とする者、

とみなされ、

声聞、
独覚(縁覚)、

を並べて、二乗・小乗として貶しており、

悟りに至るに3種の方法、

である、

三乗、

を、

声聞乗(しょうもんじょう 教えを聞いて初めて悟る声聞 小乗)、
縁覚乗(えんがくじょう 自ら悟るが人に教えない縁覚 中乗)、
菩薩乗(ぼさつじょう 一切衆生のために仏道を実践する菩薩 大乗)、

とし、大乗仏教では、

菩薩、

を、

修行を経た未来に仏になる者、

の意で用いている。

悟りを求め修行するとともに、他の者も悟りに到達させようと努める者、

また、仏の後継者としての、

観世音、
彌勒、
地蔵、

等々をさすようになっている(精選版日本国語大辞典)。で、大乗仏教では、「阿羅漢」も、

小乗の聖者をさし、大乗の求道者(菩薩)には及ばない、

とされた。

なお、法華経については、「法華経五の巻」で触れた。

「乘」 漢字.gif



「乗」 漢字.gif

(「乗」 https://kakijun.jp/page/0910200.htmlより)


「乘」 甲骨文字・殷.png

(「乘」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E4%B9%98より)

「乘(乗)」(漢音ショウ、呉音ジョウ)は、

会意文字。「人+舛(左右の足の部分)+木」で、人が両足で木の上にのぼった姿を示す。剩(ジョウ 剰 水準より上にのほける→あまり)の音符となる、

とある(漢字源)。別に、

会意。人が樹上に乗るさまを象る[字源 1]。「のる」「のぼる」を意味する漢語{乘 /*ləŋ/}を表す字、

ともhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E4%B9%98

会意文字です(大+舛+木)。「両手両足を開いた人」の象形と「両足を開いた」象形と「木」の象形から、木にはりつけになってのせられた人を意味し、そこから、「のる」を意味する「乗」という漢字が成り立ちました、

ともhttps://okjiten.jp/kanji188.htmlある。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 03:44| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
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