其ふりつよからぬやうにして、聲のかすりなく、甲乙ただしく唱ものなり(梁塵秘抄口伝集巻11)、
の、
甲乙、
は、
こうおつ、
と訓ませると、
来十月、明年正月、四月節中、並甲乙日也(「小右記」和元年(1012)六月一六日)
と、
十干の甲と乙、
つまり、
きのえときのと、
の意であったり、
是以除普明国師之外、龍湫・性海・太清三大老、甲乙再住、或一月、或半月而各告退(「空華日用工夫略集(1387)」)、
と、
ものの順序、
をいい、
第一と第二、
の意であり、また、
甲乙つけがたい、
というように、
すぐれていることとおとっていること、
つまり、
優劣、
上下、
の意や、さらには、
甲乙人、
というように、
特定の物権などに無関係な第三者の総称、
として、
たれかれ、
某々、
の意や、
はや甲乙人ども乱れ入りけりと覚えて(太平記)、
と、
名をあげるまでもない者、
一般の人、
つまり、
凡下(ぼんげ)、
の意で使うが、
かんおつ、
と訓ませると、
甲乙の位のただしきも息也(「曲附次第(1423頃)」)、
と、
邦楽で高音と低音、
つまり、
甲(かん)と乙(おつ)、
の意となる。
かるめる、
つまり、邦楽で、
(法華経を讀合ふ)弁慶がかうの聲、御曹司の乙の聲、人違へて、二の巻、半巻ばかりぞ讀まれたり(義経記)、
と、
高い調子の「かる」と低い調子の「める」、
の意で、
上下、
とも当て(デジタル大辞泉)、
音階音より音が上がることまたは上げること(かる)と、下がることまたは下げること(める)、
の意で、
かりめり、
めりかり、
という言い方もする。
甲、
を、
かん、
と訓ませるのは、音便で、
夾纈(カフケチ)、法師が、和名抄(931~38年)に、加宇介知、保宇之とあれば、甲(カフ)も、夙くより、カウと発音せしこと知るべし、そのカウの、カンとなしたるなり、庚申(カウシン)を、カンシンと云ひ、強盗(ガウタウ)を、ガンダウと云ふ例にて、甲乙(カフオツ)をも、カンオツと云ひしなり、
とあり(大言海)、
かふおつ、
とも訓ませる(仝上)とある。
甲は聲の始め也、……一調子高きを、甲の音とす。乙は、聲の終り也、……三調子下がるを、乙の音とす(竹豐故事)、
とあり、この「甲(かん)」は、
甲處(かんどころ)、
甲走った聲、
という言い方に残っている。
(「甲」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%94%B2より)
「甲」(漢音コウ、慣用カン、呉音キョウ)は、
多数の説があるが、いずれも憶測の域を出ず、定説は無い、
とあり(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%94%B2)、
かつて金文の形を根拠に亀の甲羅と解釈する説があったが、原字は十字形であるため、これは誤った分析である。甲骨文字の形を見ればわかるように、「龜」とは全く異なる形をしている、
とある(仝上)。しかし、
象形。もと、鱗を描いた象形文字。のち、たねをとりまいた堅い殻を描いた象形文字。被せる意を含む(漢字源)、
象形。よろいの形にかたどる。「よろい」の意を表す。借りて、十干(じつかん)の第一位に用いる(角川新字源)、
象形文字です。「尾をひいた亀の甲羅」の象形から「甲羅」、「殻」を意味する「甲」という漢字が成り立ちました。(借りて、「きのえ(木の兄)(十干の第一位)」の意味も表すようになりました(https://okjiten.jp/kanji1653.html)、
等々と諸説がある。
(「乙」 金文・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E4%B9%99より)
「乙」(漢音イツ、呉音オツ・オチ)は、
指事。つかえ曲がって止まることを示す。軋(アツ 車輪で上から下へ押さえる)や乞(キツ 息がつまる)などに音符として含まれる、
とある(漢字源)が、別に、
へらとして用いた獣の骨を象る、
とか(白川静説https://ja.wiktionary.org/wiki/%E4%B9%99)、
象形。草木が曲がりくねって芽生えるさまにかたどる、
とか(角川新字源)、
象形文字です。「ジグザグなもの」の象形から、物事がスムーズに進まないさま・種から出た芽が地上に出ようとして曲がりくねった状態を表し、そこから、「まがる」、「かがまる」、「きのと」を意味する「乙」という漢字が成り立ちました、
とか(https://okjiten.jp/kanji1506.html)あるが、十干(じつかん)の第二位に用いるうちに、原義が忘れられた(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E4%B9%99)ようである。
参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95