拍子をうつとて、笏のさへ舞をばなをしもつめて拍子をとり、刻笏の音にさへよと打に(梁塵秘抄口伝11)、
の、
笏(しゃく)、
は、
さく、
とも訓まし、
束帯着用の際、右手に持って威儀を整えた板片、
である(広辞苑)。唐制の、
手板(しゅはん)、
にならい、もとは、
裏に紙片を貼り、備忘のため儀式次第などを書き記した、
とある(仝上)。今日では、衣冠・狩衣・浄衣などにも用いる(仝上)。(「衣冠」は「宿直」で、「束帯」は「したうず」で、「狩衣」は「水干」で触れた。「浄衣」は、神事・祭祀・法会など宗教的な儀式の際に着用され、仏教(僧侶の僧衣)や神道(神職の神事服)をさす)。令制では、
初令天下百姓右襟、職事主典已上把笏。其五位以上牙笏。散位亦聴把笏。六位已下木笏(養老三年(719)二月乙巳)、
と、
五位以上は牙笏(げしゃく)、
と規定されたが、象牙(ぞうげ)の入手が困難なため、平安時代になると牙笏は礼服のみに用いられ、延喜式では、
聴五位已上、通用白木笏(大同四年(809)五月)
白木、
が許容され、以後礼服以外はすべて一位(いちい)・柊(ひいらぎ)・桜・榊(さかき)・杉などの木製となった(仝上)とある。長さは、
1尺3〜5寸、幅上2寸2〜3分、下1寸5分、厚さ2〜3分、
形は、
天皇は上下ともほぼ方形、臣下は上円下方として上が丸みを帯び、下部がしだいに幅狭くなり端が方形、
を例とした(日本大百科全書)とある。なお、神職は装束に関係なく木笏を常用(仝上)という。
(笏 精選版日本国語大辞典より)
なお、引用の笏は、「白拍子」で触れた、
笏拍子(しゃくびょうし・さくほうし)、
の意かと思われ、
神楽(かぐら)歌・催馬楽(さいばら)などで、主唱者が拍子を取る打楽器、
で、
初め二枚の笏を用いたが、のち笏を縦にまん中で二つに割った形となった。主唱者が両手に持ち、打ち鳴らして用いる、
とある(大辞林)。歌舞伎囃子や能「道明寺」の特殊演出などにも転用された(広辞苑)とある。
「笏」(漢音コツ、呉音コチ、慣用シャク)は、
形声、「竹+音符勿(モツ)」、
で(漢字源)、日本で、前述のように、
シャクと訓むのは、コツが「骨」に通じるのを忌み、また日本で用いた笏の長さが、ほぼ一尺だったので、「尺」の音を借りたもの、
とある(漢字源・広辞苑)。なお、
笏を納める袋、
は、
笏袋(しゃくぶくろ)、
といい、
保存用で錦の類を用い、裏をつけて作る、
とある(精選版日本国語大辞典)。
笏取り直す、
というと、
あわてて笏を持ち直す。転じて、はっと気がついて姿勢を改め、威儀を正す、
意、
笏紙(しゃくがみ・しゃくし)
というと、
古く、朝廷で公事を行う時、
忽忘(こつぼう)、
に備え(大言海)、公卿が備忘のために儀式の次第などを書いて、笏の裏に貼りつけた紙、
をいい、
笏の木、
は、
笏の素材とされたため、いちい(一位)の異名、
である(精選版日本国語大辞典)。
(「勿」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%8B%BFより)
「勿」(漢音ブツ、呉音モチ)は、
象形。さまざま色の吹き流しの旗を描いたもの。色が乱れてよく分からない意を示す。転じて、広く「ない」という否定詞となり、「そういう事がないように」という禁止のことばとなった、
とあるが、別に、
象形。弓のつるが切れたさまにかたどる。弓のつるを鳴らして魔よけを行うことから、否定・禁止の助字に用いる、
とも(角川新字源)、
象形文字です。「弓の弦(つる)をはじいて、払い清める」象形から、借りて(同じ読みの部分に当て字として使って)、「禁止。~してはいけない。~するな。」を意味する「勿」という漢字が成り立ちました、
とも(https://okjiten.jp/kanji2378.html)、
象形。刀で物を二つに切るさまを象る。「きる」を意味する漢語{刎 /*mənʔ/}を表す字。のち仮借して否定の副詞{勿 /*mət/}に用いる、
ともある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%8B%BF)。言葉の意味の流れからは、
魔除けの弦鳴らし→禁止、
がすんなり通る気がするのだが。
参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95