凡て、諸の山野に在るところの草木は……細辛・白頭公(おきなぐさ)(「出雲風土記(733)」)、
とある、
白頭公、
を、
おきなぐさ、
と訓ませているが、
白頭公(はくとうこう)、
は、和名、
翁草(おきなぐさ)、
の異名、「おきなぐさ」は、もともとの漢名の、
意訳ならむ、
とある(仝上)。ただ、漢名は、
如何青草裏、赤有白頭翁(李白)、
と、
白頭翁(はくとうおう)、
ともある(字源)。これは、消炎・止血・止瀉剤とする、
漢方生薬、
の名でもある(広辞苑)。
赤熊柴胡(しゃぐまさいこ)、
という漢名もある(精選版日本国語大辞典)。
春、宿根より數葉叢生す、春夏の交に、一尺許の茎を出し、頂に、小葉簇り付き、上に、數枝を分ち、枝毎に、一花、倒に垂れて開く、六辨にして紫赤なり、中に、一群の紫絲あり、後に、長ずること二寸許、白色に変じて、飛び去る。絲根に小子を結ぶ、
とある(仝上)。別名、
うなゐこ、
うねこ、
なかくさ、
ぜがいそう(善界草)、
ねこぐさ、
はぐま、
しゃぐま(赤熊)
おばがしら、
うばがしら、
けいせんか(桂仙花)、
と多い(仝上・精選版日本国語大辞典)。『本草和名(ほんぞうわみょう)』(918年編纂)には、
白頭公、於岐奈久佐、一云、奈加久佐、近根處有白茸、似人白頭、
とある。これが、
翁草、
と意訳した理由のようである。
キンポウゲ科オキナグサ属の多年草、
だが、
花茎の高さは、花期の頃10cmくらい、花後の種子が付いた白い綿毛がつく頃は30-40cmになる。花期は4-5月で、暗赤紫色の花を花茎の先端に1個つける。開花の頃はうつむいて咲くが、後に上向きに変化する。花弁にみえるのは萼片で6枚あり、長さ2-2.5cmになり、外側は白い毛でおおわれる、
とあり(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%82%AD%E3%83%8A%E3%82%B0%E3%82%B5)、
六弁花を開いたのち、白く長い綿毛がある果実の集まった姿、
を、
老人の頭、
にたとえて「翁草」といっている(広辞苑・精選版日本国語大辞典)。
(白く長い綿毛がある果実の集まった翁草 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%82%AD%E3%83%8A%E3%82%B0%E3%82%B5より)
(ヒロハオキナグサ https://www.ootk.net/cgi/shikihtml/shiki_2739.htmより)
様々な異名をもつ、
白頭翁、
翁草、
だが、これは、
日本と中国で生薬白頭翁(ハクトウオウ)として使用されている植物が違う、
からだ(https://www.pharm.or.jp/flowers/post.html)とある。
オキナグサ、
は、上述したように、キンポウゲ科で、
根を乾燥したものを生薬である、
ハクトウオウ、
として、
赤痢のような熱を伴う下痢や腹痛、痔疾出血に使用します。また、漢方において白頭翁湯の構成生薬であり、オウレン、オウバク、シンビと配合し、下部に熱を帯び不利後重、出血、熱性出血するものを目標にし、急性腸炎や細菌性下痢に使用されます、
とある(仝上)。中国で、
ハクトウオウ、
というと、
ヒロハオキナグサ、
をいい、オキナグサとヒロハオキナグサはどちらも痩果に白い毛が生えるが、
オキナグサは花が下向き、
ヒロハナオキナグサは上向き、
に、花を咲かせる。また、中国最古の薬学書である「神農本草経」(陶弘景)には、
根に近い部分は白茸(はくじょう)があって、その状が白頭老翁のようだから名付けたものだ、
と言っている(仝上)ように、それが中国で名前由来となったが、
オキナグサに毛は無く、ヒロハナオキナグサには白色の絨毛が生えています、
とあり(仝上)、まさにこの様が、
白髪の翁の髪が立っている状態、
を連想させた(仝上)と思われ、漢名と和名は、白頭から混同があったものらしい。だから、語源説も、上述の、
漢名ハクトウコウ(白頭公)の意訳(大言海)、
の他、
根に近いところに白茸があり、それが人の白頭に似ているところから(箋注和名抄)、
も、両者を混同した説である。
白い毛のかたまりから老人の銀髪を連想してできたもの(植物の名前の話=前川文夫)、
が妥当な説になる。
なお、
翁草は、
松の異名、
ともされるが、これは、
今朝見ればさながら霜を載きて翁さびゆく白菊の花(千載集)と云ふ歌に依る(大言海)、
秋のいろの花の弟と聞しかど霜の翁と見ゆる白菊(後九条内大臣)の歌、あるいは、名にしおふ翁が庭の百夜草花咲てこそ白妙になれの、翁の故事による(滑稽雑談)、
とあるが、これらの歌自体が、「重陽」で触れたように、菊に、
延寿の意、
があるからこそ、成りたっているように思える。その延長線上に、たとえば、
白菊よ白菊よ恥(はぢ)長髪よ長髪よ(芭蕉)
の句も成り立つ。
菊は長く咲くので翁草と呼ばれる、
の説(松尾芭蕉(雲英末雄・佐藤勝明訳註)『芭蕉全句集』)の方が、順当に見える。また、
翁草、松、
とある(蔵玉集)ように、
松の異名、
でもあるが、これも、
松は常緑で変わらない、
ところから、
不老長寿、
の象徴とされ、
常盤草(ときわぐさ)、
とも呼ばれ(精選版日本国語大辞典)、「菊」を、「翁草」と呼ぶのと似た発想のようである。
そういえば、宮沢賢治に「おきなぐさ」という作品があり、
うずのしゅげを知っていますか。
うずのしゅげは、植物学ではおきなぐさと呼よばれますが、おきなぐさという名はなんだかあのやさしい若い花をあらわさないようにおもいます。
そんならうずのしゅげとはなんのことかと言いわれても私にはわかったようなまたわからないような気がします。
とはじまる。「うずのしゅげ」は、岩手県の方言らしい。
うず(おず)、
は、
おじいさん、
しゅげ、
は、
ひげ、
つまり、
おじいさんのひげ、
である(http://www2.kobe-c.ed.jp/shimin/shiraiwa/column/okina/index.html)。
「翁」(漢音オウ、呉音ウ)は、
形声。「羽+音符公」。もと、羽の名。「おきな(長老)」の意は、公(長老)と同系のことばに当てたもの、
とある(漢字源)。別に、
形声。「羽」+音符「公 /*KONG/」。「鳥の首の毛」を意味する漢語{翁 /*ʔoong/}を表す字。のち仮借して「老人」を意味する漢語{翁 /*ʔoong/}に用いる、
とも(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%BF%81)、
形声。羽と、音符公(コウ)→(ヲウ)とから成る。鳥の首の羽毛の意を表す。借りて、老人に対する尊称に用いる、
とも(角川新字源)、
会意兼形声文字です(公+羽(羽))。「2つに分れているものの象形又は、通路の象形と場所を示す文字」(みなが共にする広場のさまから、「おおやけ」の意味、また「項(コウ)」に通じ(同じ読みを持つ「項」と同じ意味を持つようになって)、「くび」の意味)と「鳥の両翼」の象形から、「老人を尊んで言う、おきな」、「鳥の首筋の羽」を意味する「翁」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji1456.html)。
参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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