2023年12月29日
やつる
君しのぶ草にやつるるふるさとはまつ虫の音ぞかなしかりける(古今和歌集)、
の、
やつる、
は、
俏る、
窶る、
等々と当てる(学研全訳古語辞典)が、
忍草がはびこり荒れ果てた様子に、詠み手の女のやつれた様子を重ねる、
と注記(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)があり、ここでは、
やつるは、
荒れて、依然と変わってしまう、
という意で使われている。
やつる、
の原義は、
人の容姿、着物などが前とは変わって地味な、目立たない様子になる意、以前と打って変わって荒れ果て、落ちぶれ、衰弱している意、
のようで(岩波古語辞典)、
いといたうやつれ給(たま)へれど、しるき御さまなれば(源氏物語)、
いと忍びてただ舎人二人召継としてやつれ給ひて(竹取物語)、
などと、
目立たなくなる、
みすぼらしくなる、
粗末になる、
簡素になる、
といった意味で、
状、悪くなる、事殺(そ)ぎたる、衣類の麁末になる、
という含意(大言海)と、
いと若かりしほどを見しに、太り黒みてやつれたれば(源氏物語)、
と、
衰える、
見ばえがしなくなる、
の意があり(学研全訳古語辞典)、今日の、
長い間の病気ですっかりやつれた、
というような使い方をする、「やつれる」の持っている、
痩せ衰える、
という意味はなく、上例のように、中古には、
「太る」と「やつる」が矛盾なく同時に用いられてさえいる、
とある(仝上)。しかし、
人の形容のおとろふ、
つまり、
憔悴、
の意(大言海)なので、そこから、
瘦せ衰える、
に意味がシフトしてもおかしくはない。大言海は、この意味の語源を、
痩せ連るルの義、
とし、前者の語源を、
破(ヤ)れ連るル義、
と、分けて考えているが、他に、
痩するの義(言元梯)、
ヤセツカレアルル(痩労荒)の義(日本語原学=林甕臣)、
等々、どうも、
痩せる、
と関わらせる説が多い。やつる、
の他動詞が、
やつし、
で、「やつし」で触れたように、
やつれて見えるようにする、
という意だが、江戸時代、既に、
容姿を美しくつくる、粉飾する、
の意味で使われており、現代、
「窶す(やつす)」とは、おめかししたり、おしゃれに着飾ることをいうのです、
と(https://www.osaka-info.jp/ja/model/osakaben/html/0027.html)、成人式で着飾るのを指すしている。
現代風の「やつれる(寠れる)」は、
やつるの下二段活用、
で、
やせ細る、みすぼらしくなる、
という意味になる。本来は、
肉体的な痩せ細る、
という意味を、メタファとして、
みすぼらしい、
とし、さらに、
崩す、
と、それを拡大していったという含意の広がりの果てに、
化粧、
と行くのは、
意識的に身をやつす、
という意味の転化が挟まって、その意味の変化がよくわかる。
やせ細る→みすぼらしくする→身をやつす→形を変える→崩す→めかす→化粧、
という大筋が見えてくるので、「やつる」に、
痩せ衰える、
意味はなかったとしても、
日以襤褸而(やつれて)憂之曰、吾已貧矣(神代紀)、
と、
外見の劣化、
を指していたのに違いはなく、そこから、
みすぼらしい、
荒れる、
と変化したと見ていいのではないか。
「寠」(漢音ク、呉音グ)は、
会意兼形声。「穴(あな)+音符婁(ル ちぢまる)」
とある(漢字源)。「まずしさで縮こまっている」意である。
参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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