2024年01月04日
いなおほせ鳥
わが門にいなおほせ鳥の鳴くなへにけさ吹く風に雁は来にけり(古今和歌集)、
山田も(守)る秋の仮廬(かりいほ)に置く露はいなおほせ鳥の涙なりけり(仝上)、
の、
いなおほせ鳥、
は、
ももちどり(百千鳥)、
よぶこどり(喚子鳥)、
と並ぶ、いわゆる、
古今三鳥、
の一つとされるが、
秋の田にいる鳥、
らしいものの、古来不明とされる(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)とあり、中世にはその正体が秘伝扱いされた。
稲負ほせ鳥、
と当て、
稲の収穫を促す鳥という意味か、
ともあり(仝上)、上記の歌では、
雁の到来と同時期のもの、
として詠まれたり、
露がその涙、
に見立てられるので、比較的秋の早い時期の鳥か(仝上)と注記がある。。
いなおほせ鳥、
は、多く、
稲負鳥、
と当て、和名類聚抄(平安中期)にも、
稲負鳥、以奈於保世度里、
とあり、
此鳥、秋の末、稲の熟せし頃、昼夜、空中に飛び鳴きわたり、田の面に群がり来る、農民これに促されて、稲を刈り取るなり、
とある(大言海)。で、この由来を、
「いなおほせ」は、稍課(イナオホセ)の義、稲刈りを課(おほ)する(催促)鳥の意なり(大言海・南留別志・嚶々筆語・和訓栞・岩波古語辞典)、
稲を刈り背に負わせる意(百草露)、
とする説があるが、他も、
鳥の姿が稲を負っているに似ていることから(和訓栞)、
日本に稲の穂をもたらしたという言い伝えから(古今集注)、
と、「稲」に絡める説が大勢である。
鳥の他に、牛・馬とする説もあった、
とされ(岩波古語辞典)、
セキレイ、トキ、スズメ、クイナ、バン、タマシギ、
等々に当てる諸説がある(精選版日本国語大辞典)が、近世では、
セキレイ、
とするのが通説(仝上)とあり、大言海は、
黄鶺鴒(きせきれい)、
の古名とする。
「鶺鴒」で触れたように、「セキレイ」は、古名、
鶺鴒(にはくなぶり)有りて、飛び来たりてその首(かしら)尾を揺(うごか)し(神代紀)、
と、「鶺鴒」を、
にわくなぶり、
にはくなふり、
と訓ませ、
庭くなぶり、
などと当てた(精選版日本国語大辞典)。和名類聚抄(平安中期)に、
鶺鴒、爾波久奈布里、
とあり、本草和名(ほんぞうわみょう)(918年編纂)にも、
鶺鴒、爾波久奈布利、
とあり、類聚名義抄(11~12世紀)には、
鶺鴒、ニハクナブリ、トツギヲシヘドリ
とある。だから、日本書紀には、「鶺鴒(にはくなふり)」の別訓として、
とつぎをしへとり、
つつなはせとり、
つつまなはしら、
とつきとり、
とある(日本書紀・兼方本訓)し、
ももしきの大宮人はうづらとり領巾(ひれ)取り掛けて鶺鴒(まなばしら)尾行き合へ(すそを引いていきかわしの意)(古事記)、
と、
まなばしら、
ともいい、また、
アノ鶺鴒を、にはくなぎ、庭たたき、戀教鳥(こひをしへどり)とも云ふ(近松門左衛門「日本振袖始」)、
と、
にはくなぎ、
戀教鳥(こひをしへどり)、
ともいい(大言海・デジタル大辞泉)、
胡鷰子(あめ)、鶺鴒(つつ)、千鳥、真鵐(ましとと 麻斯登登)何(な)ど開(さ)ける利目(とめ)(古事記)、
とある、
つつ、
も、セキレイの古名とされる(デジタル大辞泉・岩波古語辞典)。「鶺鴒」は、他にも、
イシナギ、
イモセドリ、
イシクナギ、
イシタタキ(石叩き・石敲き)、
ニワタタキ(庭叩き)、
ニワクナギ(鶺鴒、熟字訓)、
イワタタキ(岩叩き)、
イシクナギ(石婚ぎ)、
カワラスズメ(川原雀・河原雀)、
オシエドリ(教鳥)、
ツツナワセドリ(雁を意味することもある)、
ミチオシエドリ、
トツギオシエドリ(嫁教鳥)、
ツツ(鶺鴒)、
マナバシラ(鶺鴒)、
コイオシエドリ(恋教鳥)、
ニワクナブリ、
等々多くの異名を持つ(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BB%E3%82%AD%E3%83%AC%E3%82%A4・精選版日本国語大辞典)。
主に水辺に住み、長い尾を上下に振る習性がある、
とされ、イシタタキなどの和名はその様子に由来する。人や車を先導するように飛ぶ様子がよく観察される(仝上)とある。この生態からみると、
いなおほせ鳥、
とは異なるような気がするのだが。
なお、「くいな」、「千鳥」、「スズメ」、「しぎ」、「トキ」については触れた。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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