同じ枝をわきて木の葉のうつろふは西こそ秋のはじめなりけれ(古今和歌集)、
の前文に、
貞観の御時、綾綺殿(りょうきでん)の前に梅の木ありけり。西の方にさせりける枝のもみぢはじめたりけるを、上にさぶらふをのこどものよみけるついでによめる、
にある、
西の方にさせりける枝、
の、
さす、
は、
枝を伸ばす、
とある(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)。
「さす」と当てる字は、
止す、
刺す、
挿す、
指す、
注す、
点す、
鎖す、
差す、
捺す、
等々とある(「令(為)す」という使役は別にしているが、大言海は、そのほか、「發す」「映す」「擎す(ささげる意)」を載せる)。文脈依存で、会話では「さす」で了解し合えても、文字になった時、意味が多重すぎる。で、漢字を借りて、使い分けたとみえる。しかし、「さす」は、連用形「さし」で、
差し招く、
差し出す、
差し迫る、
と、動詞に冠して、語勢を強めたり語調を整えたりするのに使われるが、その「さし」は、使い分けている「さす」の意味の翳をまとっているように見える。
さす、
は、最も古くは、
自然現象において活動力・生命力が直線的に発現し作用する意。ついで空間的・時間的な目標の一点の方向へ、直線的に運動・力・意向がはたらき、目標の内部に直入する意、
とある(岩波古語辞典)。で、
射す、
差す、
と当てる「さす」は、
自然現象において活動力が一方に向かってはたらく、
として、
光が射す、枝が伸びる、雲が立ち上る、色を帯びる、
等々といった意味があり(仝上)、
指す、
差す、
と当てる「さす」は、
一定の方向に向かって、直線的に運動をする、
として、
腕などを伸ばす、まっすぐに向かう、一点を示す、杯を出す、指定する、指摘する、
等々といった意味がある(仝上)。冒頭の、
枝を伸ばす、
は、
この、
指す、
差す、
に当たる、と思われる。
刺す、
挿す、
と当てる「さす」は、
先の鋭く尖ったもの、あるいは細く長いものを、真っ直ぐに一点に突き込む、
として、
針などをつきさす、針で縫い付ける、棹や棒を水や土の中に突き込む、長いものをまっすぐに入れる、はさんでつける、
等々といった意味がある。
鎖す、
閉す、
と当てる「さす」は、
棒状のものをさしこむ意から、ものの隙間に何かをはさみこんで動かないようにする、
として、
錠をおろす、ものをつっこみ閉じ込める、
といった意味がある(仝上)。
注す、
点す、
と当てる「さす」は、
異質なものをじかにそそぎ加えて変化を起こさせる、
として、
注ぎ入れる、火を点ずる、塗りつける、
といった意味がある(仝上)。
止す、
と当てる「さす」は、
鎖す意から、動詞連用形を承けて、
として、
途中まで~仕掛けてやめる、~しかける、
という意味がある。
こう見ると、「さす」の意味が多様過ぎるように見えるが、
何かが働きかける、
という意味から、それが、対象にどんな形に関わるかで、
刺す、
や
挿す、
や
注す、
に代わり、ついには、その瞬間の経過そのものを、
~しかけている、
という意味にまで広げた、と見れば、意味の外延の広がりが見えなくもない。語源を見ると、
「刺す」
と
「指す・差す・射す・挿す・注す」
と、項を分けている説もある(日本語源広辞典)が、結局、
刺す、
を原意としている。
刺す、
を、
表面を貫き、内部に異物が入る意です。または、その比喩的な意の刺す、螫す、挿す、注す、射す、差すが同語源です、
とある(仝上)。別に、
刺す・鎖す
と
差す・指す・射す、
と項を別にしつつ、
刺すと同源、
としている(日本語源大辞典)ものもあり、結局、
刺す、
に行きつく。では「刺す」の語源は何か。
サス(指)の義(言元梯・国語本義)、
指して突く意(大言海)、
間入の義。サは間の義を有する諸語の語根となる(国語の語幹とその分類=大島正健)、
物をさしこみ、さしたてる際の音から(国語溯原=大矢徹)、
進み出す義(日本語源=賀茂百樹)、
サカス(裂)の義(名言通)、
サはサキ(先)の義、スはスグ(直)の義(和句解)、
等々と諸説あるがはっきりしない。擬音語・擬態語が多い和語のことから考えると、
物をさしこみ、さしたてる際の音から、
というのは捨てがたい気もする。
さす、
を、
「指す」のほうは基本的に、方向や方角などを指し示す場合に使われます。将棋は駒を指で動かすので、「指す」の字があてられるのです、
「差す」は一般的に、細長い光などがすき間から入り込む様子を表します。もちろん、光だけではありません。「魔が差す」は、心のふとしたすき間からよこしまな考えが忍び込む、という意味です、
「挿す」は使い方が限定的で、おもに草花やかんざしなどに使われます。また、「挿し絵」のように何かの間にはさみこむ、さしいれるという意味があるようです、
「刺す」はわりと日常的に使われていますよね。言葉のニュアンスは「差す」よりも強く、細長くとがったもので何かを突き通す、という意味をもっています。「刺」のつくりはりっとうと言い、刃をもつ武器や道具を表す部首です。
このことからも、「刺す」は刃物を使って何かを突く、傷つけるという意味をもつこととがわかります、
「射す」は太陽の光や照明の明かりが入ってくること、
「注す」は水などの液体を容器に注ぐこと、
「点す」は目薬をつけることを表します、
と、意味の使い分けを整理している(http://xn--n8j9do164a.net/archives/4878.html)が、単に、現時点での漢字の使い分けに従っているに過ぎない。漢字は、
「刺」は、朿(シ)の原字は、四方に鋭い刺の出た姿を描いた象形文字。「刺」は「刀+音符朿(とげ)」。刀で刺のようにさすこと。またちくりとさす針。朿は、束ではない。もともと名詞にはシ、動詞にはセキの音を用いたが、後に混用して多く、シの音を用いる、
「挿(插)」は、臿(ソウ)は「臼(うす)+干(きね)」からなり、うすのなかにきねの棒をさしこむさまを示す。のち、手を添えてその原義をあらわす、
「指」は、「手+音符旨」で、まっすぐに伸びて直線に物をさすゆびで、まっすぐに進む意を含む。旨(シ うまいごちそう)は、ここでは単なる音符にすぎない、
「差」は、左はそばから左手で支える意を含み、交叉(コウサ)の叉(ささえる)と同系。差は「穂の形+音符左」。穂を交差して支えると、上端はⅩ型となり、そろわない、そのじくざぐした姿を示す、
「注」は、「水+音符主」。主の字は、「ヽは、じっと燃え立つヽ灯火を描いた象形文字。主は、灯火が燭台の上でじっと燃えるさまを描いたもので、じっとひとところにとどまる意を含む」で、水が柱のように立って注ぐ意、
「点(點)」は、占は「卜(うらなう)+口」の会意文字で、占って特定の箇所を撰び決めること。點は「黒(くろい)+音符占」で、特定の箇所を占有した黒いしるしのこと。のち略して点と書く、
「鎖」は、右側の字(音サ)は、小さい意。鎖は素家を音符とし、金を加えた字で、小さい金輪を連ねたくさり、
といった由来があり、多く漢字の意味に依存して、「さす」を使い分けたように見える。
(「差」 金文・西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%B7%AEより)
「差」(①漢音サ、呉音シャ、②漢音呉音シ、③漢音サイ、呉音セ、慣用サ)は、
会意兼形声。左はそばから左手で支える意を含み、交叉(コウサ)の叉(ささえる)と同系。差は「穂の形+音符左」。穂を交差して支えると、上端はⅩ型となり、そろわない、そのじくざぐした姿を示す、
とある。「差異」のように「違い」の意の音は①、ちぐはぐの意の音は②、「差遣」のように「つかわす」意の音は③となる(漢字源)。また、
会意兼形声文字です。「ふぞろいの穂が出た稲」の象形と「左手」の象形と「握る所のあるのみ(鑿)又は、さしがね(工具)」の象形から、工具を持つ左手でふぞろいの穂が出た稲を刈り取るを意味し、そこから、「ふぞろい・ばらばら」を意味する「差」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji644.html)が、
かつて「会意形声文字」と解釈する説があったが、根拠のない憶測に基づく誤った分析である、
とされ(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%B7%AE)、
形声。「𠂹 (この部分の正確な由来は不明)」+音符「左 /*TSAJ/」、
とある(仝上)。別に、
会意。左(正しくない)と、𠂹(すい)(=垂。たれる)とから成り、ふぞろいなさま、ひいて、くいちがう意を表す。差は、その省略形、
とする説もある(角川新字源)。
「指」(シ)は、
形声。「手+音符旨」で、まっすぐに伸びて直線に物をさすゆびで、まっすぐに進む意を含む。旨(シ うまいごちそう)は、ここでは単なる音符にすぎない、
とある(漢字源・角川新字源)。別に、
会意兼形声文字です(扌(手)+旨)。「5本の指のある手」の象形と「さじの象形と口の象形」(「美味しい・旨い」の意味)から、美味しい物に手が伸びる事を意味し、それが転じて(派生して・新しい意味が分かれ出て)、「ゆび・ゆびさす」を意味する「指」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji489.html)。
参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95