ちはやぶる


ちはやぶる神の斎垣(いかき)には(這)ふくず(葛)も秋にはあへずうつろひにけり(古今和歌集)、

の、

斎垣、

は、

神域の清浄を保つ垣、

の意で、

瑞垣(みづがき)、

ともいい、

いかきと清音で訓む、

とある(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)が、

いがき、

とも訓ませ、

「い」は「斎み清めた神聖な」の意の接頭語、

で、

神社など、神聖な場所の周囲にめぐらした垣、

をいい、

みだりに越えてならないとされた、

とあり(精選版日本国語大辞典)、

玉垣 (たまがき)、

ともいう(デジタル大辞泉)。

ちはやぶる、

は、

「神」「わが大君」「氏」などにかかる枕詞、

で、

「ちはやぶる」「ちはやひと」は、勢いが激しい強大な「氏(うぢ)」の意から、同音の「宇治」にかかるようになったといわれる、

とある(日本国語大辞典)。また、

千の磐を破るとも解釈されたらしく「神」「我が大君」に、また、神の住む「斎(いつき)の宮」、神の名「別雷(わけいかづち)」、神と同音をもつ地名「金(かね)の岬」、ウヂ(勢い)の意と同音の「宇治」などにかかる、

ともある(岩波古語辞典)。

この歌では、

「力のある」という本来の意味がこもる、

とあり、

神の力をもってしても秋の力にはかなわない、と少し大げさな対比をしながら、万物がうつろう秋に感慨を抱く、

と注釈している(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)。

ちはやぶる、

は、

落語では、知ったかぶりの御隠居が、

千早振る神代(かみよ)もきかず竜田川からくれないに水くくるとは、

という百人一首の歌の意味を八五郎に聞かれ、口から出まかせに、

竜田川という大関が千早という花魁(おいらん)に惚(ほ)れたが振られ、妹女郎の神代もいうことを聞かないので「千早ふる神代もきかず竜田川」。失望した竜田川は帰郷して豆腐屋になり、10年後、女乞食(こじき)が卯(う)の花(おから)をくれといったのでやろうとすると、それが千早のなれの果て。竜田川は怒っておからをやらず、恥じた千早が井戸へ身を投げて死んだので「からくれないに水くぐるとは」。八五郎が最後の「とは」の意味を聞くと、「とはは千早の本名だ」とサゲる、

と解釈しているのが有名だが、

ちはやぶる、

は、中世、

ちはやふる、
ちわやふる、

ともいい(日本国語大辞典)、

千早振る、

と当て(広辞苑)、その由来は、

チは風、ハヤは速、ブルは様子をする意(岩波古語辞典・広辞苑)、
動詞「ちはやぶ」の連体形に基づく(大辞林)、
「いちはやぶ(千早ぶ)」の変化。また、「ち」は「霊(ち)」で、「霊威あるさまである」の意とも(日本国語大辞典)、
「ち」は雷(いかづち)の「ち」と同じで「激しい雷光のような威力」を、「はや」は「速し」で「敏捷」を、接尾語の「ぶる」は「振る舞う」を意味するhttps://zatsuneta.com/archives/005742.html
最速(イチハヤブル)の約、勢鋭き意。神にも人にも、尊卑善惡ともに用ゐる。倭姫命世紀に、伊豆速布留神とあり、宇治に續くは、崎嶇(ウヂハヤシ)、迍邅(ウヂハヤシ)、うぢはやきと云ふに因る(大言海)、
イトハヤシ(甚早し)はイチハヤシ(逸早し)に転音し、さらに「敏速に振る舞う」という意でイチハヤブル(逸速振る)といったのが、チハヤブル(千早振る)に転音して「神」の枕詞になった。ふたたびこれを強調したイタモチハヤフル(甚も千早振る)はタモチハフ・タマチハフ(魂幸ふ)に転音して、「神」の枕詞になった、〈タマチハフ神もわれをば打棄(うつ)てこそ (万葉集) 〉(日本語の語源)、

等々諸説あるが、はっきりしない。意味からいうと、枕詞にも、

千磐破(ちはやぶる)人を和(やは)せとまつろわぬ国を治めと(万葉集)、

強暴な、
荒々しい、

という意から、

地名「宇治」にかかる。かかり方は、勢い激しく荒荒しい氏(うじ)の意で、「氏」と同音によるか。一説に、「いつ(稜威)」との類音による、

ものと、

ちはやぶる神の社(やしろ)しなかりせば春日(かすが)の野辺(のへ)に粟(あは)蒔(ま)かましを(万葉集)、

と、

勢いの強力で恐ろしい神、

の意で、「神」およびこれに類する語にかかり、

「神」また、「神」を含む「神世」「神無月」「現人神」などにかかる。「神」に縁の深いものを表す語、「斎垣」「天の岩戸」「玉の簾」などにかかる、

ものと、また、

特定の神の名、神社のある場所、

などにもかかるものがあり、さらに、

稜威(いつ)の、

意から、それと類音の地名「伊豆」にかかる、

ものがある(日本国語大辞典)とされる。もし「ちはやぶる」の由来が異なるのなら、上記の、

チハヤブル(千早振る)、

タマチハフ(魂幸ふ)、

説(日本語の語源)となるのだろうが。

なお、「からくれない(唐紅・韓紅)」については触れた。

「千」 漢字.gif

(「千」 https://kakijun.jp/page/0316200.htmlより)


「千」 甲骨文字・殷.png

(「千」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%8D%83

「千」(セン)は、

仮借。原字は人と同形だが、センということばはニンと縁がない。たぶん人の前進するさまから、進・晋(シン すすむ)の音を表わし、その音を借りて1000という数詞に当てた仮借字であろう。それに一印を加え、「一千」をあらわしたのが、千という字形となった。あるいはどんどん数え進んだ数の意か、

とある(漢字源)。別に、

形声。「一」(数)+音符「人 /*NIN/」[字源 1]。「1000」を意味する漢語{千 /*sniin/}を表す字、

ともhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%8D%83

形声。十(数の意)と、音符人(ジン)→(セン)とから成る。百の十倍の数の「せん」を表す、

とも(角川新字源)、

会意文字です(人+一)。「横から見た人」の象形(「人民、多くのもの」の意味)と「1本の横線」(「ひとつ」の意味)から、数の「せん」を意味する「千」という漢字が成り立ちました、

ともhttps://okjiten.jp/kanji134.htmlある。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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