2024年01月23日

衣手


夕されば衣手(ころもで)寒みしよしのの吉野の山にみ雪降るらし(古今和歌集)、

の、

衣手、

は、

袖の歌語、

とある(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)、

着物の手、

の意から(精選版日本国語大辞典)、

袖、

の意である(広辞苑)。転じて、

よはをわけはるくれ夏はきにけらしとおもふまなくかはるころもて(「曾丹集(11C初)」)、

と、

着物全体、

にもいい、さらに、

衣手が耳にはさみし筆津虫(俳諧「談林十百韻(1675)」)、

では、

僧尼の法衣、また、法衣を着ている人、

の意で使われている(精選版日本国語大辞典)。

また、枕詞として、

袖を水に浸す、

意から、

衣手(ころもで)常陸(ひたち)の国の二(ふた)並ぶ筑波の山を見まく欲り君来ませりと(万葉集)、

と、同音を含む地名、

常陸(ヒタチ)、

にかかり、かかり方は未詳ながら(一説に、衣手の色の「葦毛」色という意でかかるという)、

衣手葦毛の馬の嘶(いば)え超えれかも常ゆ異(け)に鳴く(万葉集)。

と、

葦毛、

にもかかる(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)。また、

衣手の、

で、

石走(いはばし)る近江(あふみ)の国の衣手(ころもで)の田上山(たなかみやま)の真木(まき)さく桧(ひ)のつまでを(万葉集)、

と、

袖の意から手(タ)の音をもつ「田上(タナカミ)山」「高屋」などにかかり、また、

ころもでの真若(まわか)の浦のまさご(真砂)つちまなくときなしあがこいふらくは(万葉集)、
衣手(ころもで)の名木(なき)の川辺を春雨(はるさめ)に我れ立ち濡(ぬ)ると家(いへ)思ふらむか(仝上)、

と、かかり方は未詳ながら(「真若の浦」は、「別る」から「若(わか)」にかかるとする説もある)、

真若(まわか)の浦、
名木(ナキ)、

等々にもかかる(仝上)。さらに、

衣手乃(ノ)別る今宵ゆ妹も吾れもいたく恋ひむな逢ふよしを無み(万葉集)、

と、

袖が両方に分かれていることから(大辞林)、
たもとを分かって離れる意から(精選版日本国語大辞典)、

別る、

にかかり、

袖が風にひるがえる意から、

早川の行きも知らず衣袂笶(ころもでの)帰りも知らず馬じもの立ちて爪づきせむすべのたづきを知らに(万葉集)、

と、

別る、

にもかかる(精選版日本国語大辞典・大辞林)。さらに、

衣手を、

は、

袖の意から、

ぬば玉の夜霧は立ちぬ衣手(ころもで)を高屋の上にたなびくまでに(万葉集)、

と、手(タ)の音を持つ、

高屋、

に、

きぬたで打つことから、

衣手(ころもで)を打廻(うちみ)の里にあるわれを知らにそ人は待てど来(こ)ずける(万葉集)、

と、

打ち、

に、あるいは、地名、

うちみの里、

にかかり、

下に敷くことから地名、

敷津、

にもかかる(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)とある。

ころも、

は、

上代では下着にも上着にもいう。平安時代以後の仮名文で「きぬ」「御ぞ(御衣)」などが多く使われるようになると、「ころも」は、雅語・歌語として歌に多く用いられた、

とある(岩波古語辞典)。和訓栞(江戸後期)は、

服物(キルモノ)の義なるべし(黄金(きがね)、こがね。木實(きのみ)、このみ。主人(あるじ)、あろじ。惡(わろ)し、わるし。作物所(つくりものどころ)、つくりもどころ。鋳物師(いものし)、いもじ)、

とする(大言海)が、他に、

キルモ(着裳)の転呼(日本古語大辞典=松岡静雄)、
キルモノ(服物・着物)の義(日本釈名・名言通・和訓栞・柴門和語類集)、
クルムモノ(包裳)の義(国語の語根とその分類=大島正健)、

などがあり、

着る裳、

は、

kirumo→koromo、

着る物は、

kirumono→koromo、

包む裳、

は、

kurumumo→koromo、

と、いずれも、母音交替による変化とする(日本語源広辞典)。どれも、「ころも」の意味から逆算している感じで、少し無理がある気がする。天治字鏡(平安中期)は、

衣裳、己呂毛、

とする。あえて言えば、「物」ではなく、「裳」の方だろう。

「衣」 漢字.gif


「衣」 甲骨文字・殷.png

(「衣」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%A1%A3

「衣」(漢音イ、呉音エ)は、

象形。うしろのえりをたて、前野えりもとをあわせて、肌を隠した着物の襟の部分を描いたもの、

とある(漢字源)。別に、

象形。胸元を合わせた上衣を象るhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%A1%A3
象形。衣服のえりもとの形にかたどり、「ころも」の意を表す(角川新字源)、
象形文字です。「身体に着る衣服のえりもと」の象形から「ころも」を意味する「衣」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji616.html

とあり、「えり」を示していたことは共通している。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル:衣手
posted by Toshi at 05:07| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
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