2024年02月04日

老いらく


櫻花散りかひくもれ老いらくの來むといふなる道まがふがに(古今和歌集)

の、

がに、

は、

……するように、
……するほどに、

の意とある(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)。

がに、

は、助詞(接続助詞)で、

動詞・助動詞の終止形に付く。多く完了の助動詞「ぬ」に付き「ぬがに」の形をとる、

とあり(広辞苑)、一説に、

疑問の助詞「か」と格助詞「に」との結合か、

ともある(岩波古語辞典)。

秋田刈る仮廬(かりほ)もいまだ壊(こほ)たねば雁が音寒し霜も置きぬ我二(ガニ)(万葉集)、

と、

…せんばかりに、
…するほどに、

の意を表わし、また、

動詞・助動詞の連体形に付く。願望・命令・禁止などを表す文と共に使われ、その理由・目的を表す、

とあり(広辞苑)、一説に、

「がね」の方言的転化で、平安時代に都でも使われた、

とある(岩波古語辞典)。

おもしろき野をばな焼きそ古草に新草(にひくさ)まじり生(お)ひは生ふる我爾(ガニ)(万葉集)、

と、

…するだろうから、
…するように、

の意でも使い(精選版日本国語大辞典)、それが転じて、

消え入るがに見える、

と、

まるで…するかのように、

の意でも使う(仝上)とある。上代の「がに」は、

東歌の一例(上記、おもしろき野をばな焼きそ……)を除き終止形接続であり、中古以降の連体形接続の「がに」とは意味・用法が異なる。中古以降の「がに」は上代の「がね」を母胎として、ほぼその意味・用法を継承しているが、それはさらに、

ゆふぐれのまがきは山と見えななむ夜はこえじと宿りとるべく(古今和歌集)、

のような同様の表現効果を持つ、

べし、

の連用止めの用法にとって代わられるようになり、中世以降は擬古的な用例に限られる(仝上)という。

ところで、上記引用の、

老いらくの來むといふなる、

の、

老いらく、

は、老ゆのク語法、

老ゆらく、

の転で、

老いること、

の意である(広辞苑・大言海)。「ク語法」は、活用語の語尾に「く」がついて全体が名詞化される、

言はく、
語らく、
老ゆらく、
悲しけく、
(言ひ)しく、
(聞く)ならく、
(散ら)まく、

等々の語法である。

オユルコト(老ゆる事)→オユラク(老ゆらく)→オイラク(老いらく)(日本語の語源)、
ラクは動詞語尾のルの延言(橿園随筆)、
オユルの延(大言海)、

とあるが、「延言」は、近世の国学者の用法で、語尾を伸ばしたものの意。「く」「らく」が活用語について名詞化するク語法もこの中に含まれる(日本語源大辞典)ので、要は、

ク語法、

による、ということになる。

老らく、

に、

老楽、

と当て、

年来(としころ)夫婦睦しく、孫さへはやく挙(まうけ)たる、母は老楽(オイラク)、幸あるものと(南総里見八犬伝)、

と、

年をとってから、安楽な生活に入ること、
老後の安楽、

の意で使う(精選版日本国語大辞典)。日葡辞書(1603~04)に、

Voiracu (ヲイラク)、

とあり、

歌語、すなわち、老いの楽しみ、

とあるので、

老い楽、

の用例は古い。

老ゆ、

の語源は、

老いさらばえる」でも触れたように、

大+ゆ(自然に経過してそうなる、であろうとされている)、

とする説がある(日本語源広辞典)。他に、

「おゆ」の「お」は、「親」の「お」と同根、

とする説https://hohoemashi.com/oyu/もあるが、発想は同じに見える。

上代語「ゆ」の語源は、

田子の浦ゆ打ち出でて見れば真白にぞ富士の髙嶺に雪は降りける(万葉集)、

と、

経過する、

の意味で、

~を通って、

の意味となるとある(日本語源広辞典)が、

体言または体言に準ずるものを受けて「より」と同様に用いられる上代語、

とあり(精選版日本国語大辞典)、

はしきよし我家の方由(ユ)雲居立ち来(く)も(日本書紀)、

と、

時間的にも空間的にも、動作・作用の起点、

を示す、

……より、
……から、

の意の用例と、

伊那佐の山の木の間由(ユ)もいゆきまもらひ(仝上)、

と、

動作の行なわれる場所・経由地、経過点、

を示し、

……を、
……を通って、

の意で、時間的・空間的・抽象的な用法があり、また、

小筑波のしげき木の間よ立つ鳥の目由(ユ)か汝(な)を見むさ寝ざらなくに(万葉集)、

と、

動作の手段、

を示し、

……で、
……によって、

の意の用例とがある。そこを、

起点、

と考えても、

経過点、

と考えても、

ある年齢に達した、

という意味には違いない。

老ゆ、

の類義語に、

ねぶ、

がある。

御供に、大童子(だいどうじ)の多きやかに年ねびたる四十人、中童子(ちゅうどうじ)二十人、召次(めしつぎ)ばら(栄花物語)、

と、

いかにも年の入った様子をする、

意で使うが、

ねび、

は、

年をとったのにふさわしい行動をする意、

で、

老ゆ、

は、

年をとって衰えに近づく意、

とある(岩波古語辞典)。

ねび、

が、

大人になっていく、

意なの対して、

老ゆ、

その盛りを過ぎていく、

意ということになる。

「老」 漢字.gif


「老」 甲骨文字・殷.png

(「老」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%80%81より)

「老」(ロウ)は、

象形。年寄が腰を曲げて杖をついたさまを描いたもので、からだがかたくこわばった年寄り、

とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%80%81https://okjiten.jp/kanji716.html漢字源)。別に、

象形。こしを曲げてつえをつき、髪を長くのばした人の形にかたどり、としよりの意を表す、

ともある(角川新字源)。「老いさらばえる」で触れたように、漢字、

老、

には、老いる、老ける、という意味だけでなく、

長い経験をつんでいるさま(「老練」)
老とす(老人と認めて労わる、「老吾老、以及人之老」)
年を取ってものをよく知っている人、その敬称(「長老」「古老」)
親しい仲間を呼ぶとき(老李、李さん)

といった意味がある。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル:老いらく
posted by Toshi at 05:03| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
コチラをクリックしてください