櫻花散りかひくもれ老いらくの來むといふなる道まがふがに(古今和歌集)
の、
がに、
は、
……するように、
……するほどに、
の意とある(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)。
がに、
は、助詞(接続助詞)で、
動詞・助動詞の終止形に付く。多く完了の助動詞「ぬ」に付き「ぬがに」の形をとる、
とあり(広辞苑)、一説に、
疑問の助詞「か」と格助詞「に」との結合か、
ともある(岩波古語辞典)。
秋田刈る仮廬(かりほ)もいまだ壊(こほ)たねば雁が音寒し霜も置きぬ我二(ガニ)(万葉集)、
と、
…せんばかりに、
…するほどに、
の意を表わし、また、
動詞・助動詞の連体形に付く。願望・命令・禁止などを表す文と共に使われ、その理由・目的を表す、
とあり(広辞苑)、一説に、
「がね」の方言的転化で、平安時代に都でも使われた、
とある(岩波古語辞典)。
おもしろき野をばな焼きそ古草に新草(にひくさ)まじり生(お)ひは生ふる我爾(ガニ)(万葉集)、
と、
…するだろうから、
…するように、
の意でも使い(精選版日本国語大辞典)、それが転じて、
消え入るがに見える、
と、
まるで…するかのように、
の意でも使う(仝上)とある。上代の「がに」は、
東歌の一例(上記、おもしろき野をばな焼きそ……)を除き終止形接続であり、中古以降の連体形接続の「がに」とは意味・用法が異なる。中古以降の「がに」は上代の「がね」を母胎として、ほぼその意味・用法を継承しているが、それはさらに、
ゆふぐれのまがきは山と見えななむ夜はこえじと宿りとるべく(古今和歌集)、
のような同様の表現効果を持つ、
べし、
の連用止めの用法にとって代わられるようになり、中世以降は擬古的な用例に限られる(仝上)という。
ところで、上記引用の、
老いらくの來むといふなる、
の、
老いらく、
は、老ゆのク語法、
老ゆらく、
の転で、
老いること、
の意である(広辞苑・大言海)。「ク語法」は、活用語の語尾に「く」がついて全体が名詞化される、
言はく、
語らく、
老ゆらく、
悲しけく、
(言ひ)しく、
(聞く)ならく、
(散ら)まく、
等々の語法である。
オユルコト(老ゆる事)→オユラク(老ゆらく)→オイラク(老いらく)(日本語の語源)、
ラクは動詞語尾のルの延言(橿園随筆)、
オユルの延(大言海)、
とあるが、「延言」は、近世の国学者の用法で、語尾を伸ばしたものの意。「く」「らく」が活用語について名詞化するク語法もこの中に含まれる(日本語源大辞典)ので、要は、
ク語法、
による、ということになる。
老らく、
に、
老楽、
と当て、
年来(としころ)夫婦睦しく、孫さへはやく挙(まうけ)たる、母は老楽(オイラク)、幸あるものと(南総里見八犬伝)、
と、
年をとってから、安楽な生活に入ること、
老後の安楽、
の意で使う(精選版日本国語大辞典)。日葡辞書(1603~04)に、
Voiracu (ヲイラク)、
とあり、
歌語、すなわち、老いの楽しみ、
とあるので、
老い楽、
の用例は古い。
老ゆ、
の語源は、
「老いさらばえる」でも触れたように、
大+ゆ(自然に経過してそうなる、であろうとされている)、
とする説がある(日本語源広辞典)。他に、
「おゆ」の「お」は、「親」の「お」と同根、
とする説(https://hohoemashi.com/oyu/)もあるが、発想は同じに見える。
上代語「ゆ」の語源は、
田子の浦ゆ打ち出でて見れば真白にぞ富士の髙嶺に雪は降りける(万葉集)、
と、
経過する、
の意味で、
~を通って、
の意味となるとある(日本語源広辞典)が、
体言または体言に準ずるものを受けて「より」と同様に用いられる上代語、
とあり(精選版日本国語大辞典)、
はしきよし我家の方由(ユ)雲居立ち来(く)も(日本書紀)、
と、
時間的にも空間的にも、動作・作用の起点、
を示す、
……より、
……から、
の意の用例と、
伊那佐の山の木の間由(ユ)もいゆきまもらひ(仝上)、
と、
動作の行なわれる場所・経由地、経過点、
を示し、
……を、
……を通って、
の意で、時間的・空間的・抽象的な用法があり、また、
小筑波のしげき木の間よ立つ鳥の目由(ユ)か汝(な)を見むさ寝ざらなくに(万葉集)、
と、
動作の手段、
を示し、
……で、
……によって、
の意の用例とがある。そこを、
起点、
と考えても、
経過点、
と考えても、
ある年齢に達した、
という意味には違いない。
老ゆ、
の類義語に、
ねぶ、
がある。
御供に、大童子(だいどうじ)の多きやかに年ねびたる四十人、中童子(ちゅうどうじ)二十人、召次(めしつぎ)ばら(栄花物語)、
と、
いかにも年の入った様子をする、
意で使うが、
ねび、
は、
年をとったのにふさわしい行動をする意、
で、
老ゆ、
は、
年をとって衰えに近づく意、
とある(岩波古語辞典)。
ねび、
が、
大人になっていく、
意なの対して、
老ゆ、
その盛りを過ぎていく、
意ということになる。
(「老」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%80%81より)
「老」(ロウ)は、
象形。年寄が腰を曲げて杖をついたさまを描いたもので、からだがかたくこわばった年寄り、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%80%81・https://okjiten.jp/kanji716.html・漢字源)。別に、
象形。こしを曲げてつえをつき、髪を長くのばした人の形にかたどり、としよりの意を表す、
ともある(角川新字源)。「老いさらばえる」で触れたように、漢字、
老、
には、老いる、老ける、という意味だけでなく、
長い経験をつんでいるさま(「老練」)
老とす(老人と認めて労わる、「老吾老、以及人之老」)
年を取ってものをよく知っている人、その敬称(「長老」「古老」)
親しい仲間を呼ぶとき(老李、李さん)
といった意味がある。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
ラベル:老いらく