2024年02月14日

唐衣


唐衣たつ日は聞かじ朝露のおきてしゆけば消(け)ぬべきものを(古今和歌集)、
唐衣着つつなれにしつましあればはるばるきぬる旅をしぞおもふ(仝上)、

唐衣、

は、

韓衣、

とも当て(大辞林)、

からころも、

と訓ませ、近世以降、

からごろも、

とも訓み、

袖が大きく、裾はくるぶしまでとどき、日本の衣服のように褄前を重ねないで、上前、下前を深く合わせて着る、

という、

中国風の衣服、

の意で、転じて、

めずらしく美しい衣服をいうこともある、

とある(広辞苑)が、上述の引用歌もそうだが、

雁が音の来鳴(きな)きしなへに韓衣(からころも)立田の山は黄葉(もみ)ち初めたり(万葉集)

のように、

着(き)る、裁(た)つ、袖(そで)、裾(すそ)、紐(ひも)など、すべて衣服に関する語や、それらと同音または同音をもつ語、

にかかる枕詞として使われる(広辞苑)。訛って、

可良己呂武(カラコロム)裾(すそ)に取り付き泣く子らを置きてそ来ぬや母(おも)なしにして(万葉集)、

と、

「からころも(唐衣)」の上代東国方言、

ともなる(精選版日本国語大辞典)。

唐衣、

を、

からぎぬ、

と訓ませると(室町ごろまでは「からきぬ」)、

背子、

とも当て(大言海)、

唐風の衣、

の意で、

女官が正装するとき着用した短い上衣(仝上)、

とある(大辞林)が、

女子の朝服で上半身につける表衣(うわぎ)、

をいい(広辞苑・精選版日本国語大辞典)、

奈良時代の背子(ハイシ)の変化したもの、

で(大辞林)、

唐様(からよう)の丈(たけ)の短い胴着、

に、

幅の狭い広袖があり、襟を羽織のように折り返して上衣の上に着る。

とあり、

唐の御衣(おんぞ)、

ともいう(仝上)。一説に、カラは、

裳と対にして着用、

することからか、

幹・胴、

で、

胴衣(からころも)、

の意とも言う(岩波古語辞典)。

和名類聚抄(平安中期)に、

背子、形如半臂、無腰襴之袷衣也、婦人表衣、以錦為之、加良岐沼、

とある。

衣冠束帯」で触れたように、「朝服」は、

は、参朝して事務に当たる一般官人が着用した衣服、

で、飛鳥時代から平安時代にかけて着用された装束を、特に、

朝服、

といい、唐風をそのままに採用したが、和風化に伴って変化した朝服を、

束帯(そくたい)、

という(有職故実図典・https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%9D%E6%9C%8D)。

朝服.jpg

(朝服 山川 日本史小辞典より)

平安時代以降は、公家の女子の正装であった晴装束とされるもので、

十二単(じゅうにひとえ)といわれる女房装束(にょうぼうしょうぞく)の最上層に重ねる、

ものとされる。奈良時代の女子朝服の衣の上に春・冬に着用した、

背子(はいし)、

は、袖(そで)のない、身丈の短いものであったが、平安時代中期以降、服装の長大化に伴って、袖幅の狭い袖をつけ、襟を外側へ折り返して裏側をみせる、

返し襟形式、

となった。さらに衣が大きく、身丈も裾(すそ)を引く長さとなって、夜着の袿衣(けいい)と形が同様となり、衣(きぬ)とも袿(うちき)ともよばれるようになると、その上に重ねて着る背子も、それにしたがって大きくなり、身丈がやや長く、身幅が二幅(ふたの)、袖幅は狭いが袖丈が長く、広袖形式で、唐衣と称されて、四季を通じて用いられた、

とある(日本大百科全書)。腰に着装する、

裳(も)、

とともに正装の象徴と考えられた(仝上)という。十二単を、

裳唐衣(もからぎぬ)装束、

と称するように、唐衣をつけることによって女房装束が正装となった(世界大百科事典)のであり、また数多い着装物の最上層衣であったために、平安時代においては、これには裳とともに刺繡や箔、ときには螺鈿(らでん)の置口(おきくち)などで相当はなやかな装飾がほどこされた(仝上)。形は、

短い袷(あわせ)仕立ての羽織のようなもの、

で、

前身が通常後身より少し長い。これを表着の上に着て、後ろに裳の大腰をあてて、これを小腰という紐で前で結ぶが、前身は通常裳の紐の上にかぶさって、帯を締めたように唐衣を上から押さえることはしない、

とある(仝上)。襟は、これが今日の羽織の襟のように着装したときには、

外へ折れかえる、

もので、ちょうど背の中央、うなじの下に当たるところに三角形に飛び出した部分がある。これを、

髪置(かみおき)、

と称するが、古い時代にはなかったようである(仝上)。その材質は、表地に、

錦(にしき)、二重(ふたえ)織物、浮(うき)織物、固(かた)織物、綾(あや)、平絹(ひらぎぬ)などのほか刺しゅうを施したものも用い、

裏地に、

菱文(ひしもん)の綾、平絹が使われた、

とある(日本大百科全書)。

からぎぬは短き衣とこそいはめ、されどそれは、もろこしの人のきるものなれば(枕草子)、
色ゆるされたる人々は、例の青色、赤色の唐衣に、地摺(ぢずり)の裳、上着はおしわたして蘇芳(すおう)の織物なり(紫式部日記)、

とあるが、表地の地文には、たとえば、

亀甲(きっこう)、三重襷(みえだすき)、花菱(はなびし)、小葵(こあおい)、

等々、正装の最上層のものとして、品格高く、端正な印象を与えるもを用いた。禁色の赤色、青色、錦や二重織物などの唐衣は、勅許を得た上﨟(じょうろう)(高位)の女房でなければ用いられなかった(仝上)とある。

唐衣.bmp

(十二単 精選版日本国語大辞典より)


女房装束.jpg

(女房装束 デジタル大辞泉より)


唐衣(からぎぬ).bmp

(唐衣(からぎぬ) 大辞林より)


唐衣②.jpg

(唐衣 日本大百科全書より)

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
鈴木敬三『有職故実図典』(吉川弘文館)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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