2024年04月20日

齋院


忘れめや葵を草に引き結び仮寝の野辺の露のあけぼの(式子内親王)、

の詞書に、

斎院に侍りける時、神館にて、

とある(新古今和歌集)。

斎院、

は、

賀茂社に奉仕する斎王。未婚の内親王・女王が卜定された、

とある(久保田淳訳注『新古今和歌集』)。

神館、

は、

神事の際に神官などが参籠する建物、

とあり、

ちはやぶる斎(いつき)の宮の旅寝には葵ぞ草の枕なりける(千載和歌集)、

があり、これは、

祭の使として神館に宿り、斎院女房に贈った詠、

なので、これを意識するか、とある(仝上)。式子内親王集によれば、

斎院退下後の詠と見られる、

とある(仝上)。なお、歌の中の、

葵、

は、

賀茂葵、

を指し、

二葉葵、

ともいい、

賀茂社の神事に用いられる、

とある(仝上)。

返さの日」で触れたように、

返さの日、

は、

祭の次の日、祭を終わって賀茂の斎院が紫野(賀茂の斎宮の御所があった)へ帰っていく、それを公卿が行列で送るのである、

とある(佐藤謙三校注『今昔物語集』)。

賀茂斎院(かものさいいん)、

は、

いつきのみや、

ともいい、

賀茂別雷(かもわけいかずち)神社(上賀茂神社)、賀茂御祖(かもみおや)神社(下鴨神社)からなる賀茂社に奉仕する、未婚の内親王または女王、

をいう(国史大辞典)。伊勢神宮の斎宮と併せて、

斎王(さいおう)、
斎皇女(いつきのみこ)、

と呼ばれ、

伊勢神宮または賀茂神社に巫女として奉仕した未婚の内親王(親王宣下を受けた天皇の皇女)または女王(親王宣下を受けていない天皇の皇女、あるいは親王の王女)、

だが、厳密には、

内親王の場合は「斎内親王」、
女王の場合は「斎女王」、

といい、両者を総称して、

斎王、

と呼んでいるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%8E%E7%8E%8B。伊勢神宮の斎王は特に、

斎宮(さいぐう)、

賀茂神社の斎王は特に、

斎院(さいいん)、

と呼んだ(仝上)。また、単に、

斎(いつき)、

ともいう(大言海)。

賀茂斎院制度の起源は、平安時代初期、

平城上皇が弟嵯峨天皇と対立して、平安京から平城京へ都を戻そうとした際、嵯峨天皇は王城鎮守の神とされた賀茂大神に対し、我が方に利あらば皇女を「阿礼少女(あれおとめ、賀茂神社の神迎えの儀式に奉仕する女性の意)」として捧げると祈願をかけ、仁元年(810年)薬子の変で嵯峨天皇側が勝利した後、誓いどおりに娘の有智子内親王を斎王としたのが賀茂斎院の始まり、

とされる(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%8E%E9%99%A2・國史大辞典)。

伊勢神宮の、

斎王(斎宮)、

に倣い、歴代の斎王は、

内親王あるいは女王から占いによって選出され、賀茂川で禊を行い、宮中初斎院での二年の潔斎の後、三年目の四月上旬に、平安京北辺の紫野に置かれた本院(斎院御所)に参入し、再び賀茂川で禊をしてから、仏事や不浄を避ける清浄な生活を送りながら、年中祭儀や賀茂社での葵祭などに奉仕した、

とされる(仝上)。で、その御所の地名から、

紫野斎院(むらさきのさいいん)、

あるいは、

紫野院(むらさきのいん)、

とも呼ばれた(仝上)。特に重要なのは四月酉の日の賀茂祭で、

祭当日斎院は御所車にて出御され、勅使以下諸役は供奉し先ず下社へ次いで上社へ参向・祭儀が執り行われる。上社にては本殿右座に直座され行われた、

とあるhttp://www.genji.co.jp/yukari/aoi/saiin.html。この時の斎院の華麗な行列はとりわけ人気が高く、枕草子にも、

見物は、臨時の祭 行幸 祭の還さ 御賀茂詣で、

とある。「祭の還さ」が、

斎王の還御、

である(仝上)。祭り当日の夜は御阿礼所前の神館に宿泊され翌日野宮(紫野院)へ戻られたのである。

齋院制度は、

9世紀初めから13世紀初めまでの約400年間続き、35人が斎院をつとめた、

とある(国史大辞典)。

「齋」.gif

(「齋」 https://kakijun.jp/page/sai200.htmlより)

「斎(齋)」(漢音サイ、呉音セ)は、「斎」は「(とき)」で触れたように、

会意兼形声。「示+音符齊(サイ・セイ きちんとそろえる)の略体」。祭りのために心身をきちんと整えること、

である(漢字源)。別に、

形声。示と、音符齊(セイ、サイ)とから成る。神を祭るとき、心身を清めととのえる意を表す。転じて、はなれやの意に用いる、

とも(角川新字源)、

会意兼形声文字です(斉+示)。「穀物の穂が伸びて生え揃っている」象形(「整える」の意味)と「神にいけにえを捧げる台」の象形(『祖先神』の意味)から、「心身を清め整えて神につかえる」、「物忌みする(飲食や行いをつつしんでけがれを去り、心身を清める)」を意味する「斎」という漢字が成り立ちました、

ともhttps://okjiten.jp/kanji1829.htmlある。

とあり、やはり、心身を浄め整える意味がある。

「院」.gif

(「院」 https://kakijun.jp/page/1081200.htmlより)


「院」 中国最古の字書『説文解字』.png

(「院」 中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎) https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%99%A2より)

「院」(慣用イン、漢音呉音エン)は、

会意兼形声。「阜(土もり)+音符完(丸く欠け目なくとりかこむ)」。周りを囲んだ土べい、

とある(漢字源)。別に、

形声。「阜」+音符「完 /*KON/」。「かきね」を意味する漢語{院 /*waan/}を表す字。音変化 *-on > *-wan の後に「完」が音符として充当されたhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%99%A2

形声。阜と、音符完(クワン)→(ヱン)とから成る。家の周囲にめぐらした土塀、また、その家の意を表す(角川新字源)、

会意兼形声文字です(阝+完)。「段のついた土山の象形」と「家の屋根・家屋と、冠をつけた人の象形」(「家の周囲の土塀」の意味)から「堅固な垣根・建物」を意味する「院」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji451.html)

等々とあり、ほぼ同趣旨である。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
久保田淳訳注『新古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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