2024年04月29日

すがらに


恋ひ死ねとするわざならしむばたまの夜はすがらに夢に見えつつ(古今和歌集)、

の、

すがらに、

は、

……の間ずっと、

の意とある(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)。

すがら、

は、

ぬばたまの夜は須我良(スガラ)にあからひく日も暮るるまで嘆けどもしるしを無み(万葉)、

と、

多く「に」を伴い、副詞的に用いる、

が(精選版日本国語大辞典)、

名詞に付いて、

をみ衣摺り捨てて着つる露けさは春の日すから又ぞ忘れぬ(「公任集(1044頃)」)

と、初めから終わりまで続く意を表わし、

ずっと、

の意のほか、

いかなりけん契りにかと、道すがらおぼさる(源氏物語)

と、何かをするついでに、の意を表わし、

その途中、

意、

只身すがらにと出立侍るを(芭蕉「奥の細道」)、

と、それだけである意を表わし、

そのまま、

の意などと使う(仝上)。

語源から見ると、

スガは「過ぐ」と同源、ラは状態を表す接尾語(広辞苑)、
過ぐと同根(岩波古語辞典)、
「過ぎ+ながら」の略(日本語源広辞典)、

とする説があるが、

ずっと、

の意と、

その途中、
そのまま、

の意とは幅がありすぎるので、別に、

盡(すぐ)るるまで、
通して、

の意の、

すがら、

は、

スガは、盡(すが)るより転ず(大言海)、

とし、

ながら、
ついでに、
そのまま、

の意の、

すがら、

は、

直従(すぐから)の約、

と、語源を区別する説もある(大言海)。

しな、すがり、すがり」で触れたが、たとえば、

道すがら、

という場合、

道を通りながら、歩きながら、みちみち、途中(広辞苑)、

とあるが、

行く路すがら(大言海)、

とあるので、通り過ぎる、というニュアンスが強いのかもしれない。この場合、語源的には、

過ぎ+ながら、

と、

通りすごしていく、

という意味になる。「すがら」は、

途切れることなくずっと、

という時間経過を示していて、

名月や池をめぐりと夜もすがら、

で、それが空間的に転用されと、

道すがら、

になったと考えられ、当然、

途中、

という意味合いが出てくる。たとえば、

行きしな、

なら、

途中で立ち止まるとか、立ち寄る、

というニュアンスがあるが、

道すがら、

は、

みちみち、眺めた、

という感じなのではないか。

通りすがり、

は、

たまたま通り合わせて、通るついで、通りがけ、

という意味になる。「すがり」は、ここは(どこにも載っていなかったので)想像だが、

過ぐ+り(ある動作が継続中であることを表す助詞)、

で、

ちょうど(たまたま)通り過ぎつつある、

という意味なのではないか。そこでの出会いが、たまたまなのは同じだが、

道すがら、

には何か(そのことに)意味が主体側に見え、

通りすがり、

には行き過ぎていく側には(袖擦り合う程度で、他に)何の意味も見出さない、

というニュアンスがある気がする。しかし、

夜もすがら、

と同義で、

夜すがら、

だと、

この夜須我浪(よスガラ)に眠(い)も寝ずに今日もしめらに恋ひつつそ居る(万葉集)、

と、

夜の間ずっと、
夜通し、
一晩中、
終夜、

という意味になる。確かに、

ずっと、

と、

その途中、

と、

そのまま、

の意味の幅は大きいが、

過ぎていく間、

の、

すべて、

なのか、

その経過中、

なのか、

その最中なのか、

と考えれば、

過ぎ+ながら、

の、

初めから終わりまで、

の何處をとっているかの差にすぎないのかもしれない。ちなみに、

すがる(盡)、

は、字鏡(平安後期頃)に、

羸、須加留、ツカルル、

中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎)に、

羸、疲也、

とあり、

末枯(すが)るの略、

とし、

末になり、
盡んとす、
消えむとす、

の意とある(大言海)。しかし、この、

すがる、

は、

鳴きすがる声を聞けども郭公あかでぞ結ぶ山の井の水(「草根集(そうこんしゅう)」)、

の、

盛りを過ぎる、
衰える、

意の、

すがる、

ではないか。この名詞形が、

青梅は匂ひの玉のすがりかな(俳諧・鷹筑波)、

と、

盛りを過ぎて尽きようとするもの、

の意の、

すがり、

で、この意味の幅は、

すがら、

のそれと重なる気がする。憶説だが、

過がる、

とあてたのではないか。

なお、「ついでに」の意味の、

行きしなの「しな」、
道すがらの「すがら」、
通りすがりの「すがり」、
通りがかりの「かかり」、
行きがかりの「かかり」、
行きがけの「かけ」、

については、「しな、すがり、すがら」で触れた。似た意味の、

「~のついでに」「~かたがた」

の意で使う、

花見がてら、

の、

がてら

についても触れた。

「過」.gif

(「過」 https://kakijun.jp/page/1261200.htmlより)


「過」 金文・西周.png

(「過」 金文・西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%81%8Eより)

「過」(カ)は、

会意兼形声。咼は、上に丸い穴のあいた骨があり、下にその穴にはまりこむ骨のある形で、自由に動く関節を示す象形文字。過は「辶+音符咼」で、両側にゆとりがあって、するするとさわりなく通過すること。勢いあまっていきすぎる意を含む、

とある(漢字源)。しかし、他は、

形声。「辵」+音符「咼 /*KWAJ/」。「すぎる」「こえる」を意味する漢語{過 /*kwaaj/}を表す字、

(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%81%8E)

形声。辵と、音符咼(クワ)とから成る。ゆきすぎる、ひいて、度を越す意を表す。転じて「あやまち」の意に用いる、

も(角川新字源)、

形声文字です(辶(辵)+咼)。「立ち止まる足の象形と十字路の象形」(「行く」の意味)と「肉を削り取り頭部を備えた人の骨の象形と口の象形」(「えぐる」の意味だが、ここでは「越」に通じ(「越」と同じ意味を持つようになって)、「遠方に過ぎゆく」の意味)から「すぎる」、「度(限度)を超す」を意味する「過」という漢字が成り立ちました、

(https://okjiten.jp/kanji733.html、形声文字とする。

参考文献;
高田祐彦訳注『新版古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 03:38| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
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