神奈備の御室の山の葛かづら裏吹き返す秋は來にけり(新古今和歌集)、
の、
神奈備の御室の山、
は、
「神奈備」も「御室」も神の降臨する場所の意だが、ここでは大和の国の枕詞と考えられている、
とある(久保田淳訳注『新古今和歌集』)。
御室、
は、
神の降り来臨する場所、
の意(岩波古語辞典)だが、
三室山(御室山 みむろのやま)、
というと、
我(あ)が衣色取り染めむ味酒(うまさけ)三室山(みむろのやま)は黄葉しにけり(万葉集)、
と、
奈良県桜井市の三輪山(みわやま)、
か、
たつた川もみぢばながる神なびのみむろの山に時雨ふるらし(古今和歌集)、
と、
奈良県生駒郡斑鳩(いかるが)町の神奈備山(かんなびやま)、
をさし、ふもとを龍田川が流れ、紅葉・時雨の名所として知られた(精選版日本国語大辞典)とある。
神奈備、
も、
神をまつる神聖な場所、
神のいらっしゃる場所、
の意で、古代信仰では、
神は山や森に天降(あまくだ)るとされたので、降神、祭祀の場所である神聖な山や森、
をいうところからきている(精選版日本国語大辞典)。もともと固有名詞ではないが、特に、
龍田、
飛鳥、
三輪、
が有名で、《延喜式》の出雲国造神賀詞(かむよごと)には、
大御和乃神奈備、
葛木乃鴨乃神奈備、
飛鳥乃神奈備、
とあり、万葉集にも、
三諸乃かんなび山、
かんなびの三諸(之)山(神)、
かんなびの伊波瀬(磐瀬)之社、
が見える。
葛かづら、
は、
葛の蔓、
とあり(久保田淳訳注『新古今和歌集』)、
葛はマメ科の蔓性多年草。秋の七草のひとつ、
で、
秋風の吹き裏返す葛の葉のうらみてもなほ恨めしきかな(古今和歌集)、
と、
風に翻る葉裏が目立つところから、「裏」また「怨み」と詠われることが多い、
とある(仝上)。
葛の葉、
で触れたように、
葛の葉、
は、
風に白い葉裏を見せることから、
秋風の吹き裏返す葛の葉のうらみてもなほうらめしきかな(古今集)、
と、
「裏見」に「恨み」を掛けて詠むのが和歌の常套で、
恋しくば尋ね来て見よ和泉なる信太の森のうらみ葛の葉、
の歌で名高い、浄瑠璃(『信田森女占』、『蘆屋道満大内鑑(あしやどうまんおおうちかがみ)』)などになった、
信田妻(しのだづま)、
の物語(https://dic.pixiv.net/a/%E8%91%9B%E3%81%AE%E8%91%89)がある。
葛、
は、
くず、
かずら、
つづら、
と訓ませるが、
つづら、
と訓ませると、
ツヅラフジなどの野生の蔓植物の総称、
だが、
ツヅラフジの別称、
でもあり(動植物名よみかた辞典)、
かずら、
と訓ませると、
蔓性植物の総称、
とある(仝上)。しかし、
くず、
と訓むと、秋の七草の「くず」である。ここでは、
くず、
と訓ませる「葛」である。
くず、
は、
くずかずら、
ともいうが、むしろ、
くず葛(かづら)と云ふが、正しきなるべし、
とある(大言海)。類聚名義抄(11~12世紀)にも、
葛、カヅラ、クズカヅラ、
とある。だから、冒頭の、
葛かづら、
は、
くず、
のことを言っているのだが、枕詞として、葛の蔓を繰る意から、
くずかづらくる人もなき山里は我こそ人をうらみはてつれ(伊勢大輔集)
と、「来る」に掛かったり、冒頭の、
神なびのみむろの山のくずかづらうら吹きかへす秋は来にけり(新古今和歌集)、
と、葛の葉が風に裏返るので裏・裏見の意から、「うら」「うらみ」にかかる場合、
葛の蔓、
の意ともなる(岩波古語辞典)。ただ、この場合は、
繰る、
ではなく、
うら吹きかへす、
とあるので、
葛の葉、
の意味だと思うが。
参考文献;
久保田淳訳注『新古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
ラベル:葛かづら