2024年05月13日
倭文(しづ)の苧環
いにしへの倭文(しず)の苧環(をだまき)いやしきもよきも盛りはありしものなり(古今和歌集)、
の、
倭文(しづ しず)、
は、
日本古来の織物の一つで、模様を織り出したもの、
とある(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)。奈良時代は、
ちはやぶる神のやしろに照る鏡しつに取り添へ乞ひ禱(の)みて我(あ)が待つ時に娘子(おとめ)らが夢(いめ)に告(つ)ぐらく(万葉集)、
と、
しつ、
と清音で、後にも、新古今和歌集でも、
それながら昔にもあらぬ秋風にいとどながめをしつのをだまき、
と、
しつ、
と、
詠われる。
苧環、
は、
倭文(しつ)を織るのに用いる苧環、
とあり(久保田淳訳注『新古今和歌集』)、上記歌では、
「いとど」に糸を掛け、「ながめをしつ」から「糸」の縁語「しつのをだまき」(倭文(しつ)を織るのに用いる苧環)へと続けた、
と注釈される(仝上)。
倭文(しづ)の苧環、
は、「伊勢物語」のなかでも、
古(いにしへ)のしづのおだまき繰りかへし昔を今になすよしもがな、
とも歌われている。
倭文、
は、
古代の織物の一つ、
で、
穀(かじ)・麻などの緯(よこいと)を青・赤などで染め、乱れ模様に織ったもの(広辞苑)、
梶木(かじのき)、麻などの緯(よこいと)を青、赤などに染め、乱れ模様に織ったもの(精選版日本国語大辞典)、
栲(たへ)、麻、苧(からむし)等、其緯(ヌキ 横糸)を、青、赤などに染めて、乱れたるやうの文(あや)に織りなすものといふ(大言海)、
カジノキや麻などを赤や青の色に染め、縞や乱れ模様を織り出した日本古代の織物(デジタル大辞泉)、
等々とあり、多少の差はあるが、
上代、唐から輸入された織物ではなく、それ以前に行われていた織物、
を指している(岩波古語辞典)。で、
異国の文様、
に対する意で、
倭文、
の字を当てた(デジタル大辞泉)といい、
あやぬの(文布・綾布)、
しずはた(機)、
しづり(しつり)、
しずの、
しずぬの、
しとり(しどり)、
しづおり、
等々とも言う。
しづり(しずり)、
は、古くは、
しつり、
で、
しづおり(倭文織)、
の変化した語、
しどり、
は、古くは、
しとり、
で、やはり、
しつおり(倭文織)、
の変化した語、いずれも、
倭文、
と当てる。
しつぬの(倭文布)、
は、
しづぬの(倭文布)、
ともいい、
しづり、
ともいう(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉・広辞苑)。後世、
織り目の細かい布の総称、
打って柔らかくしてさらした布、
である、
にきたえ、
に対して、
木の皮の繊維で織った、織り目の粗い布の総称、
として、
あらたえ、
という(仝上)。「藤衣」で触れたように、古え、賎民の着たる粗末なる服を、
和栲(にぎたへ)、
に対し、
麁栲(あらたへ)、
といい(大言海)、
和栲(にぎたへ)、
は、
和妙、
とも当て、平安時代になって濁り、以前は、
片手には木綿(ゆふ)取り持ち片手にはにきたへ奉まつり平けくま幸くいませと天地の神を祈(こ)ひ祷(の)み(万葉集)、
と清音で、
打って柔らかにした布、
をいい、
神に手向ける、
ものであった(岩波古語辞典)。
麁栲(あらたへ)、
は、
荒妙、
粗栲、
とも当て、
木の皮の繊維で織った、織目のごつごつした織物、
をいい、
藤蔓などの繊維で作った(デジタル大辞泉・仝上)。平安時代以降は、
麻織物、
を指した(仝上)。
倭文、
は、
中国大陸から錦(にしき)の技法が導入されるまで、広く使われたわが国の在来織物で、『万葉集』『日本書紀』などによると、
帯、手環(たまき 現在のブレスレット)、鞍覆(くらおおい)、
等々、
装飾的な部分に使われている(日本大百科全書)とあり、生産は物部(もののべ)氏のもとにある倭文部(しずりべ)であり、各地の倭文神社はその分布を伝える。『延喜主計式(えんぎしゅけいしき)』によると、
その生産地は駿河(するが)国と常陸(ひたち)国で、合計してわずか62端(長さ4丈2尺、幅2尺4寸、天平(てんぴょう)尺による)しか献納されておらず、用途は自然神(風・火など)の奉献物に使われている、
と(仝上)、特殊な用途になっていることがわかる。
しず、
の由来は、
沈むの語根、沈(しず)の義なりと云ふ、或は云ふ、線(すぢ)の転なりと(大言海)、
縞織の義か(筆の御霊)、
おもしの意のシズムル(鎮)の略(類聚名物考)、
糸をしずめて文様を織り出すところからシヅミ(沈)の略(名言通)、
等々あるが、織りとの関係でいうと、
しず(沈)、
か、
すじ(線)、
かと思うが、当初、
しつ、
だということを考えると、ちょっといずれも妥当とは思えない。
苧環(おだまき)、
は、
苧手巻、
とも当て(大言海)、
おだま、
ともいい、
糸によった麻を、中を空虚にし、丸く巻きつけたもの、
をいい(精選版日本国語大辞典・日本語源大辞典)、
績苧(うみを)の巻子(へそ)、其の形、外圓く、内虚にして、環の如くなれば云ふ、
麻手巻の義、
とある(大言海)。
布を織るためには、まず植物の繊維を糸状にする必要がある。古代では材料に麻(あさ)、楮(こうぞ)、苧(お)、苧麻(からむし)などが使われる。つまり、
おだ-まき、
ではなく、
お-たまき(手巻)、
ということのようである(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8B%A7%E7%92%B0)。
苧(お)、
は、
アサ(麻)、
の異名で、また
アサやカラムシの茎皮からとれる繊維、
をいい、
苧環、
とは、
つむいだアサの糸を、中を空洞にして丸く巻子(へそ)に巻き付けたもの、
をいう(日本大百科全書)。
綜麻(へそ)、
ともいい(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8B%A7%E7%92%B0)。布を織るのに使う中間材料で、次の糸を使う工程で、糸が解きやすいようになかが中空になっている(仝上)。
因みに、「へそくり」で触れたように、その語源として、
へそは紡いだ麻糸をつなげて巻き付けた糸巻である綜麻(へそ)をいい、『綜麻繰』とする説、
がある。
「苧」(漢音チョ、呉音ジョ)は、
会意兼形声。「艸+音符竚(チョ じっとたつ)の略体」、
とある(漢字源)。麻の一種の「からむし」である。
参考文献;
高田祐彦訳注『新版古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
久保田淳訳注『新古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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