ひつ
夢路にも露やおくらむ夜もすがらかよへる袖のひちて乾かぬ(古今和歌集)、
袖ひちてむすびし水のこほれるを春立つけふの風やとくらむ(仝上)、
の、
ひつ、
は、
ひづ(ひず)、
古くは、
ひつ、
とあり、
濡れる、
意である(広辞苑)。
ひつ、
は、
漬つ、
沾つ、
と当て(広辞苑)、
室町時代まではヒツと清音、
で(岩波古語辞典)、江戸期には、
朝露うちこぼるるに、袖湿(ヒヂ)てしぼるばかりなり(雨月物語)、
と、
ひづ、
と濁音化した(デジタル大辞泉)。
奈良時代から平安時代初期、
は(岩波古語辞典)、
相思はぬ人をやもとな白たへの袖(そで)漬(ひつ)までに哭(ね)のみし泣かも(万葉集)、
と、
四段活用、
であったが、平安中期に、
袖ひつる時をだにこそなげきしか身さへしぐれのふりもゆくかな(蜻蛉日記)、
と、四段活用から、
上二段活用、
になった(大言海・精選版日本国語大辞典・仝上)とされる。この他動詞、
ひつ、
は、
手をひてて寒さもしらぬいづみにぞくむとはなしにひごろへにける(土佐日記)、
と、
下二段活用、
で、
水につける、
ひたす、
ぬらす、
意である(仝上)。
上代から中古にかけて和歌に多く用いられた語、
で、平安期には、すでに歌語としての性格を備えていたと思われる。鎌倉期に入ると、藤原俊成の歌論書「古来風体抄」に、
ひぢてといふ詞や、今の世となりては少し古りにて侍らん、
とあるように、古風な言葉と認識されるようになった(精選版日本国語大辞典)とある。
なお、「ひたす(漬・沾・浸)」については触れた。
「漬」(漢音シ、呉音ジ)は、
会意兼形声。朿(シ・セキ)は、ぎざぎざにとがった針やいばらのとげを描いた象形文字。責は「貝(財貨)+音符朿(シ・セキ)」の会意兼形声文字で、財貨を積み、とげで刺すように相手をせめること。債(サイ 積んだ借財でせめる)の原字。漬は「水+音符責」で、野菜を積み重ねて塩汁につけたり、布地を積み重ねて染液につけたりすること、
とある(漢字源)が、他は、
形声。「水」+音符「責 /*TSEK/」。「ひたる」「つかる」を意味する漢語{漬 /*dzeks/}を表す字、
も(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%BC%AC)、
形声。水と、音符責(サク)→(シ)とから成る。水中に物を「ひたす」意を表す、
も(角川新字源)、
形声文字です(氵(水)+責)。「流れる水」の象形と「とげの象形と子安貝(貨幣)の象形」(「金品を責め求める」の意味だが、ここでは、「積(セキ)」に通じ(同じ読みを持つ「積」と同じ意味を持つようになって)、「積み重ねる」の意味)から、水の中に積む、すなわち、「ひたす」を意味する「漬」という漢字が成り立ちました、
も(https://okjiten.jp/kanji1991.html)、形声文字とする。
「沾(霑)」(①テン、②チョウ)は、
会意兼形声。「水+音符占(しめる)」で、ひと所に定着する意味を含む、
とある(漢字源)。「霑」は、「沾」の異字体(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%9C%91)である。①は、「沾汚」と、よごれがしみつく意、「沾襟」と、「ひたす」の意、②は「沾沾(チョウチョウ)」は、表面を取り繕う意(仝上)。
参考文献;
高田祐彦訳注『新版古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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