2024年06月04日
にほどり
冬の池に住むにほどりのつれもなくそこにかよふと人に知らすな(古今和歌集)、
の、
にほどり、
は、
かいつぶり、
の意とある(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)。
つれもなく、
は、
つれなくに「も」がはさまった形、
で、
素知らぬ様子で、
の意(仝上)。
にほどり、
は、
鳰鳥、
と当て、
鳰(にほ)、
ともいい(岩波古語辞典)、
カイツブリの古名、
である(仝上)。
和名類聚抄(931~38年)には、
鸊鵜(へきてい)、邇保、
字鏡(平安後期頃)には、
鸊鷉(へきてい)、邇保、
鳰、邇保、
色葉字類抄(1177~81)には、
鷸、ツラリ又カイツムリ、鶏属也、
とある。
カイツブリ、
は、
鳰(にお)、
鸊鷉(へきてい)、
鸊鵜(へきてい)、
かいつむり、
いっちょうむぐり、
むぐっちょ、
はっちょうむぐり、
息長鳥(しながどり)、
とも呼び、室町時代、
カイツブリ、
と呼ぶようになる。
カイツブリ、
は、
学名Tachybaptus ruficollis、
カイツブリ目カイツブリ科カイツブリ属、
に分類される(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%82%A4%E3%83%84%E3%83%96%E3%83%AA)。全長約26cmと、日本のカイツブリ科のなかではいちばん小さい(仝上)とある。
夏羽では首は赤茶色、冬羽では黄茶色です。足には各指にみずかきがあり、潜水は大得意で、足だけで泳ぎます。小魚、ザリガニ、エビ類、大きな水生昆虫などを食べています。日本では全国に分布しています。水ぬるむ春、池や沼や湖で、そこに浮いていたかと思うとアッという間にもぐってしまい、あちらの方でポッカリ浮かびあがる潜水の名手。水草を積み重ねて水面に浮巣をつくり、夏のはじめ、綿毛のようなかわいいヒナを連れて泳いでいます、
とある(https://www.suntory.co.jp/eco/birds/encyclopedia/detail/1402.html)。
その巣は、
鳰の浮巣、
と呼ばれる(日本語源大辞典)。また、
鳰(にほ)、
は、
鏡の山に月ぞさやけきにほてるや鳰のさざ波うつり来て(菟玖波集)、
と、
鳰(にお)の海、
の意で使われ、
におのみずうみ、
ともいい、
琵琶湖の異称、
である(精選版日本国語大辞典)。
また、後述のように、
鳰、
という漢字も、その生態から、
入(ニフ)をニホに用ゐ、入鳥の合字(田鶴、鴫の類)、
と作字された(大言海)ように、
にほ、
の語源も、
鳰は水に潜りて、水面に浮び出でざまに、長く息をつくという(仝上)生態から、
水に入る意から、入(ニフ)を用いる(大言海)、
水中に潜入するため、ニフドリ(入鳥)と言ったのが、ニホドリ(鳰鳥)・ニホ(鳰)になり、「袖中抄」(顕昭)に「ニとミとかよへり」とあるように、ニフドリがニホドリに転音した。さらに「ニ」が子交[nm]をとげてミホドリ(鳰鳥)になったった。略してニホ(鳰)、ミホ(鳰)という。 (日本語の語源)、
と見なされる。だから、
カイツブリ、
の語源も、
通音に、カイツムリとも云ふ。掻きつ潜りつ(カ(掻)キツ-ムグ(潜)りつ)の音便約略ならむか、或は、ツブリは、水に没する音(大言海)、
小魚を捕食するため水中に潜入するので、カヅキモグリ(潜き潜り)鳥と呼ばれていたが、「ヅキ」の転位でカツキモグリに転音し、モグ[m(og)u]が縮約されて、カキツムリ・カイツブリ(鳰)に転音した(日本語の語源)、
カイは、たちまちの義。ツブリは水に没する音(東雅・閑田次筆・俚言集覧・俗語考)、
カイ・ミヅムグリ(掻水潜)の約轉(言元梯)、
かしらが丸くて貝に似ているところから(和句解)、
水に入る習性から、カキツボマル(掻莟)の義(名言通)、
繰り返し頭から潜る掻き頭潜(つぶ)り(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%82%A4%E3%83%84%E3%83%96%E3%83%AA)、
瓢箪のような体の形などから櫂(かひ)と瓢(つぶる)(仝上)、
と、多くその生態からとみているようだが、
水を「掻きつ潜(むぐ)りつ)が転じた、「カイ」は、たちまちの意で、潜る時の水音が「ツブリ」に転じたとする説が有力、
とある(仝上)。
かい、
は、
掻、
と当てる接頭語で、
掻き曇り、
掻き消し、
など、
掻きまわしたように、一面……になる、
意の、
掻きの音便、
で、その意味の派生で、
かいころび、
かいくぐり、
と、
ちょいと、ひょいと、軽くなどの気持を添える使い方、
があり、この、
かいつぶり、
のかい、
も、その、
ひょいと、
の意で、
ひょいと潜る、
意と見ていい(岩波古語辞典)。この、
にほどり、
は、冒頭の歌のように、
にほどりの、
で、枕詞として使われ、
いざ吾君(あぎ)振熊(ふるくま)が痛手負はずは邇本杼理能(ニホドリノ)淡海(あふみ)の海に潜(かづ)きせなわ(古事記)、
と、カイツブリがよく水にもぐることから、
かづく、
にかかり、転じて、
爾保杼里能(ニホドリノ)葛飾(かづしか)早稲(わせ)を饗(にへ)すともその愛(かな)しきを外(と)に立てめやも(万葉集)、
と、同音の地名、
葛飾(かづしか)、
にかかり、息が長い意で、
爾保杼里乃(ニホドリノ)息長河(おきながかは)は絶えぬとも君に語らむ言(こと)尽きめやも(万葉集)、
と、地名、
息長(おきなが)、
にかかる(精選版日本国語大辞典)。また、カイツブリが水に浮かんでいるところから、
思ひにし余りにしかば丹穂鳥(にほどりの)なづさひ来しを人見けむかも(万葉集)、
と、
なづさふ、
にかかり、また、カイツブリは繁殖期には雌雄が並んでいることが多いので、
爾保鳥能(ニホどりノ)二人並び居語らひし心背きて家離(ざか)りいます(万葉集)、
と、
二人並びゐ、
にかかる(仝上)。いずれも、万葉歌は、
カイツブリの生態を様々にとらえて修辞に利用しているので「葛飾」に懸かる場合を除き、枕詞でも直喩の性格が強い、
とある(精選版日本国語大辞典)。
「鳰」(ニホ)は、国字。
形声、「鳥+音符入(ニフ)」。水の中に入ることからニフの音を取って、名付けた、
とあり(漢字源)、
入(ニフ)をニホに用ゐ、入鳥の合字(田鶴、鴫の類)。水に入る意、
とある(大言海)。
参考文献;
高田祐彦訳注『新版古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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