2024年06月09日

虚舟


乗興杳然迷出處(興に乗じては杳然として出処に迷い)
對君疑是泛虚舟(君に対して疑うらくは是れ虚舟を泛べしかと)(杜甫・題張氏隠居)

の、

虚舟、

は、

人の乗っていない舟、

の意で、「荘子」山木篇に、

舟で川をわたるとき、「虚舟」がきて衝突したのでは、短気な人でも怒りようがないとあるのにもとづく、

とある(前野直彬注解『唐詩選』)。

虚舟(きょしゅう)、

は、文字通り、

以忠信而済難、若乗虚舟以渉川也(易経)、

と、

からぶね(空船)、

つまり、

人の乗っていない舟、

の意だが、それをメタファに、

願早収綸旨、莫繋小僧虚舟之心(「本朝文粋(1060頃)」)、

と、

胸中になんのわだかまりもないたとえ、

で、

虚心、

の意でも使う(精選版日本国語大辞典)。

「荘子」山木篇にあるのは、

方舟而済于河、有虚船来触舟、雖有惼心之人不怒、

で、同じ趣旨の言葉が『淮南子』詮言訓(淮南王劉安(前179~前122)が招致した数千の賓客と方術の士に編纂された思想書)にも、

方船濟乎江、有虚舟従一方來、雖有忮心、必無怨色、

とあり、

虚舟舟に触るとも人怒らず、

ということわざとなっている。即ち、

無心の行為は、人の感情を害することはない、

と(故事ことわざの辞典)。同趣旨のことわざに、

怒気有る者も飄瓦は咎めずとて、身が達のやうな短気が軒下を通る時、屋根の瓦が落ちかかって、小鬢さきをいはされても、相手は瓦、ひとり腹は立てられまい、この譬がよい教訓(浄瑠璃「男作五雁金」)、

と、

怒気ある者も飄瓦(ひょうが)は咎めず、

というのがある(仝上)。荘子は、

方舟而濟於河、有虚船來觸舟、雖有惼心之人不怒、

に続いて、

有一人在其上、則呼張歙之、一呼而不聞、再呼而不聞、於是三呼邪、則必以惡聲隨之。向也不怒而今也怒、向也?而今也實。人能虚己以遊世、其孰能害之、

とあり、

ぶつかってきた舟に人が乗っているなら、その人は声をかける。一回声をかけても聞こえないなら、二度、三度目の声をかけ、今度は必ず、怒る。要は、虚心であれば、だれが害し得るか、という、

虚舟の喩、

である。ところで、この、

虚舟、

を、

うつろぶね、

と訓み、訛って、

うつお(ほ)ぶね、

というと、

かの変化(へんげ)のものをばうつせほぶねにいれて流されけるとぞきこえし(平家物語)、

と、

空舟、

とも当て、

大木をくり抜いて造った舟、

つまり、

丸木舟、

の意となる(広辞苑)。また、

うつろぶね、

は、江戸時代、享和三年(1803)2月22日、常陸国への漂着したという、今でいう、

未確認物体、

で、文政年間の「弘賢随筆」には、

うつろ舟の蛮女、

として、図が付されているhttps://www.archives.go.jp/exhibition/digital/hyoryu/contents/12.html

弘賢随筆に描かれた「うつろ舟」.jpg

(「うつろ舟」 (弘賢随筆) https://www.archives.go.jp/exhibition/digital/hyoryu/contents/12.htmlより)


後年に曲亭馬琴は、虚舟事件を扱う談話の1つとして兎園小説『虚舟の蛮女』を表したが、似た話は、各地にあり、柳田國男は論文「うつぼ舟の話」で「兎圓」は各地の伝説であり、実際事件ではないと断じた。「うつろ舟」については、https://www.city.joetsu.niigata.jp/soshiki/koubunsho/tenji32.htmlhttps://web-mu.jp/history/12733/等々が詳しい。

「虚」.gif


「虚(虛)」(漢音キョ、呉音コ)は、「虚空無性」で触れたように、

形声。丘(キュウ)は、両側におかがあり、中央にくぼんだ空地のあるさま。虚(キョ)は「丘の原字(くぼみ)+音符虍(コ)」。虍(とら)とは直接関係がない、

とあり(漢字源)、呉音コは「虚空」「虚無僧」のような場合にしか用いない、ともある。別に、

形声。意符丘(=。おか)と、音符虍(コ→キヨ)とから成る。神霊が舞い降りる大きなおかの意を表す。「墟(キヨ)」の原字。借りて「むなしい」意に用いる、

とも(角川新字源)、

形声文字です。「虎(とら)の頭」の象形(「虎」の意味だが、ここでは「巨」に通じ(「巨」と同じ意味を持つようになって)、「大きい」の意味)と「丘」の象形(「荒れ果てた都の跡、または墓地」の意味)から、「大きな丘」、「むなしい」を意味する「虚」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji1322.html

参考文献;
前野直彬注解『唐詩選』(岩波文庫)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 03:13| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
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