さむしろに衣かたしき今宵もやわれを待つらむ宇治の橋姫(古今和歌集)、
の、
さむしろ、
は、歌語で、
「さ」は、「さ夜」「さ衣」などと同じ接頭語、
とあり(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)、
かたしき、
は、
衣を重ねて供寝するのではなく、一人寝で、自分の衣だけを敷く、
とある(仝上)。
「後朝(きぬぎぬ)」で触れたように、
男女互いに衣を脱ぎ、かさねて寝る、
朝に、
起き別るる時、衣が別々になる、
のを、
きぬぎぬ、
と言い、
我が衣をば我が着、人の衣をば人に着せて起きわかるるによりて云ふなり、
とある(古今集註)。
橋姫、
は、
宇治橋を守る女神、
とある(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)が、「宇治の橋姫」で触れたように、
橋に祀られていた女性の神、
で(日本伝奇伝説大辞典)、
その信仰から、
橋姫伝説が生まれた、
とある(仝上)。
思案橋(橋を渡るべきか戻るべきか思いあぐねたとされる)、
細語(ささやき)橋(その上に立つとささやき声が聞こえる)、
面影橋(この世のものではない存在が、見え隠れする)、
姿不見(すがたみず)橋(声はすれども姿が見えない)、
等々と言われる伝説の橋には、
橋姫、
が祀られている(日本昔話事典)。「橋」も「峠」と同じく、
信仰の境界であり、ここに外からの災厄を防ぐために、祀られたものらしい(仝上)。主に、
古くからある大きな橋では、橋姫が外敵の侵入を防ぐ橋の守護神として、
祀られている(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A9%8B%E5%A7%AB)。「橋姫」信仰は、広く、
水神信仰、
の一つと考えられ、
外敵を防ぐため、橋のたもとに男女二神を祀ったのがその初めではないか、
とある(日本伝奇伝説大辞典)。つまり、
境の神、
としての、
道祖神、
塞(さえ)の神、
の性格を持ち、
避けて通れぬ橋のたもとに橋姫を祀り、敵対者の侵入を阻止し、自分たちの安全を祈った、
ものとみられる(仝上)。この歌では、
実際に宇治にいる女性というよりは、遠く離れてなかなか会えない女性の比喩か、
と注釈される(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)。
かたしく、
は、
片敷く、
と当て、
吾が恋ふる妹はあはさず玉の浦に衣片敷(かたしき)ひとりかも寝む(万葉集)、
と、
寝るために自分ひとりの着物を敷く、
つまり、
独り寝をする、
意や、
よるになれども装束もくつろげ給はず、袖をかたしゐてふし給ひたりけるが(平家物語)、
と、
腕や肘(ひじ)を枕にして独り寝する、
意であり、
かたしきごろも(片敷衣)
というと、
岩のうへにかたしき衣ただひとへかさねやせまし峯の白雲(新古今和歌集)、
と、
独り寝の衣、
の意となるが、これは、古く、
男女が共寝するとき、互いの着物の袖を敷きかわして寝たところからいう、
とある(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)。ただ、
かた、
が接頭語的に用いられて、
天飛ぶや領巾(ひれ)可多思吉(カタシキ)ま玉手の玉手さしかへあまた夜もいも寝てしかも(万葉集)、
と、
寝るために着物などを敷く、
意でも使う(仝上)。
かたしく、
は、
「万葉集」に詠まれ、平安時代には「古今‐恋四」以来、歌語として盛んに用いられたが、
袖・衣を片敷く、
と詠む例が多いが、「新古今集」の頃から、旅寝の歌などで、
伊勢の浜荻・草葉・露・真菅・岩根・紅葉などをかたしくという表現が目立ちはじめ、新古今和歌集では、冒頭の歌のように、
独り寝をする、
意で使い、
涙・夢・嵐・波・雲・風・梅の匂などをかたしくといった感覚的な表現が出現する、
とある(精選版日本国語大辞典)。さらに、後には、
片敷く、
の文字通り、
ふる雪に軒ばかたしくみ山木のおくる梢にあらしふくなり(寂蓮集)
の、
傾く、
意や、
庭には葎(むぐら)片敷(カタシキ)て、心の儘に荒たる籬(まがき)は、しげき野辺よりも猶乱(源平盛衰記)、
と、
一方にのびひろがる、
意で使われたりするに至る(仝上)。
(「片」 中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎) https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%89%87より)
「片」(ヘン)は、
象形。片は、爿(ショウ 寝台の長細い板)の逆の形であるともいい、また木の字を半分に切ったその右側の部分であるとも言う。いずれにせよ、木のきれはしを描いたもの。薄く平らなきれはしのこと、
とある(漢字源)。他に、
象形。枝を含めた木の片割れを象る(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%89%87)、
象形。木を二つ割りにした右半分の形にかたどり、板のかたほう、また、割る意を表す(角川新字源)、
など、同趣旨だが、別に、
指事文字です。「大地を覆う木の象形の右半分」で、「木の切れはし」、「平たく薄い物体」を意味する「片」という漢字が成り立ちました、
と(https://okjiten.jp/kanji951.html)、指示文字とする説もある。
「敷」(フ)は、
会意兼形声。甫(ホ・フ)は、芽の生え出たタンポポを示す会意文字で、平らな畑のこと。圃の原字。敷の左側は、もと「寸(手の指)+音符甫(平ら)」の会意兼形声文字で、指四本を平らにそろえてぴたりと当てること。敷はそれを音符とし、攴(動詞の記号)を添えた字。ぴたりと平らに当てる、または平らに伸ばす動作を示す、
とある(漢字源)が、また、
会意形声。攴と、旉(フ)(しく)とから成る。しきのべる意を表す、
も(角川新字源)、
会意兼形声文字です(旉+攵(攴))。「草の芽の象形と耕地(田畑)の象形と右手の象形」(「稲の苗をしきならべる」の意味)と「ボクッという音を表す擬声語と右手の象形」(「ボクッと打つ・たたく」の意味)から、「しく」を意味する「敷」という漢字が成り立ちました、
も(https://okjiten.jp/kanji1111.html)同趣旨だが、別に、
形声。「攴」+音符「尃 /*PA/」。「しく」を意味する漢語{敷 /*ph(r)a/}を表す字、
と(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%95%B7)、異なる説もある。
参考文献;
高田祐彦訳注『新版古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95