2024年06月13日

かたしき


さむしろに衣かたしき今宵もやわれを待つらむ宇治の橋姫(古今和歌集)、

の、

さむしろ、

は、歌語で、

「さ」は、「さ夜」「さ衣」などと同じ接頭語、

とあり(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)、

かたしき、

は、

衣を重ねて供寝するのではなく、一人寝で、自分の衣だけを敷く、

とある(仝上)。

後朝(きぬぎぬ)」で触れたように、

男女互いに衣を脱ぎ、かさねて寝る、

朝に、

起き別るる時、衣が別々になる、

のを、

きぬぎぬ、

と言い、

我が衣をば我が着、人の衣をば人に着せて起きわかるるによりて云ふなり、

とある(古今集註)。

橋姫、

は、

宇治橋を守る女神、

とある(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)が、「宇治の橋姫」で触れたように、

橋に祀られていた女性の神、

で(日本伝奇伝説大辞典)、

その信仰から、

橋姫伝説が生まれた、

とある(仝上)。

思案橋(橋を渡るべきか戻るべきか思いあぐねたとされる)、
細語(ささやき)橋(その上に立つとささやき声が聞こえる)、
面影橋(この世のものではない存在が、見え隠れする)、
姿不見(すがたみず)橋(声はすれども姿が見えない)、

等々と言われる伝説の橋には、

橋姫、

が祀られている(日本昔話事典)。「橋」も「峠」と同じく、

信仰の境界であり、ここに外からの災厄を防ぐために、祀られたものらしい(仝上)。主に、

古くからある大きな橋では、橋姫が外敵の侵入を防ぐ橋の守護神として、

祀られているhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A9%8B%E5%A7%AB。「橋姫」信仰は、広く、

水神信仰、

の一つと考えられ、

外敵を防ぐため、橋のたもとに男女二神を祀ったのがその初めではないか、

とある(日本伝奇伝説大辞典)。つまり、

境の神、

としての、

道祖神、
塞(さえ)の神、

の性格を持ち、

避けて通れぬ橋のたもとに橋姫を祀り、敵対者の侵入を阻止し、自分たちの安全を祈った、

ものとみられる(仝上)。この歌では、

実際に宇治にいる女性というよりは、遠く離れてなかなか会えない女性の比喩か、

と注釈される(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)。

かたしく、

は、

片敷く、

と当て、

吾が恋ふる妹はあはさず玉の浦に衣片敷(かたしき)ひとりかも寝む(万葉集)、

と、

寝るために自分ひとりの着物を敷く、

つまり、

独り寝をする、

意や、

よるになれども装束もくつろげ給はず、袖をかたしゐてふし給ひたりけるが(平家物語)、

と、

腕や肘(ひじ)を枕にして独り寝する、

意であり、

かたしきごろも(片敷衣)

というと、

岩のうへにかたしき衣ただひとへかさねやせまし峯の白雲(新古今和歌集)、

と、

独り寝の衣、

の意となるが、これは、古く、

男女が共寝するとき、互いの着物の袖を敷きかわして寝たところからいう、

とある(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)。ただ、

かた、

が接頭語的に用いられて、

天飛ぶや領巾(ひれ)可多思吉(カタシキ)ま玉手の玉手さしかへあまた夜もいも寝てしかも(万葉集)、

と、

寝るために着物などを敷く、

意でも使う(仝上)。

かたしく、

は、

「万葉集」に詠まれ、平安時代には「古今‐恋四」以来、歌語として盛んに用いられたが、

袖・衣を片敷く、

と詠む例が多いが、「新古今集」の頃から、旅寝の歌などで、

伊勢の浜荻・草葉・露・真菅・岩根・紅葉などをかたしくという表現が目立ちはじめ、新古今和歌集では、冒頭の歌のように、

独り寝をする、

意で使い、

涙・夢・嵐・波・雲・風・梅の匂などをかたしくといった感覚的な表現が出現する、

とある(精選版日本国語大辞典)。さらに、後には、

片敷く、

の文字通り、

ふる雪に軒ばかたしくみ山木のおくる梢にあらしふくなり(寂蓮集)

の、

傾く、

意や、

庭には葎(むぐら)片敷(カタシキ)て、心の儘に荒たる籬(まがき)は、しげき野辺よりも猶乱(源平盛衰記)、

と、

一方にのびひろがる、

意で使われたりするに至る(仝上)。

「片」.gif

(「片」 https://kakijun.jp/page/0470200.htmlより)

「片」  『説文解字』.png

(「片」 中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎)  https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%89%87より)

「片」(ヘン)は、

象形。片は、爿(ショウ 寝台の長細い板)の逆の形であるともいい、また木の字を半分に切ったその右側の部分であるとも言う。いずれにせよ、木のきれはしを描いたもの。薄く平らなきれはしのこと、

とある(漢字源)。他に、

象形。枝を含めた木の片割れを象るhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%89%87

象形。木を二つ割りにした右半分の形にかたどり、板のかたほう、また、割る意を表す(角川新字源)、

など、同趣旨だが、別に、

指事文字です。「大地を覆う木の象形の右半分」で、「木の切れはし」、「平たく薄い物体」を意味する「片」という漢字が成り立ちました、

https://okjiten.jp/kanji951.html、指示文字とする説もある。

「敷」.gif

(「敷」 https://kakijun.jp/page/1543200.htmlより)

「敷」(フ)は、

会意兼形声。甫(ホ・フ)は、芽の生え出たタンポポを示す会意文字で、平らな畑のこと。圃の原字。敷の左側は、もと「寸(手の指)+音符甫(平ら)」の会意兼形声文字で、指四本を平らにそろえてぴたりと当てること。敷はそれを音符とし、攴(動詞の記号)を添えた字。ぴたりと平らに当てる、または平らに伸ばす動作を示す、

とある(漢字源)が、また、

会意形声。攴と、旉(フ)(しく)とから成る。しきのべる意を表す、

も(角川新字源)、

会意兼形声文字です(旉+攵(攴))。「草の芽の象形と耕地(田畑)の象形と右手の象形」(「稲の苗をしきならべる」の意味)と「ボクッという音を表す擬声語と右手の象形」(「ボクッと打つ・たたく」の意味)から、「しく」を意味する「敷」という漢字が成り立ちました、

https://okjiten.jp/kanji1111.html同趣旨だが、別に、

形声。「攴」+音符「尃 /*PA/」。「しく」を意味する漢語{敷 /*ph(r)a/}を表す字、

https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%95%B7、異なる説もある。

参考文献;
高田祐彦訳注『新版古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル:かたしき 片敷く
posted by Toshi at 03:22| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
コチラをクリックしてください