勸酒金屈巵(君に勧(すす)む金屈卮(きんくつし))
満酌不須辞(満酌(まんしゃく)辞するを須(もち)いず)
花発多風雨(花発(ひら)けば風雨多く)
人生足別離(人生 別離足(おお)し)(于武陵・勧酒)
は、「花に嵐」で触れたように、井伏鱒二が、
コノサカヅキヲ受ケテクレ
ドウゾナミナミツガシテオクレ
ハナニアラシノタトヘモアルゾ
「サヨナラ」ダケガ人生ダ
と訳した(井伏鱒二『厄除け詩集』)。井伏は、
講演のため林(芙美子)とともに尾道へ行き、因島(現尾道市)に寄ったが、その帰り、港で船を見送る人との別れを悲しんだ林が「人生は左様ならだけね」と言った。井伏は『勧酒』を訳す際に、この“せりふ”を意識した、
という。僕は、この訳詩を、田中英光の、
『さようなら』
で知った。太宰治が、それを、絶筆、
『グッドバイ』
に、
「グッド・バイ」作者の言葉、
として、
私の或る先輩はこれを「サヨナラ」ダケガ人生ダ、と訳した。まことに、相逢った時のよろこびは、つかのまに消えるものだけれども、別離の傷心は深く、私たちは常に惜別の情の中に生きているといっても過言ではあるまい。
題して「グッド・バイ」現代の紳士 淑女の、別離百態と言っては大袈裟だけれども、さまざまの別離の様相を写し得たら、さいわい、
と記したといういわくつきである。
金屈巵、
は、
黄金製の酒盃の一種で、椀のような形をし、柄がついており、それを持って飲むもの、
で、
贅沢な酒器である、
とある(前野直彬注解『唐詩選』)。この大杯は、
四升入る、
とある(字源・https://kanbun.info/syubu/toushisen294.html)。
卮、
は、
木を円筒状に曲げ、漆をぬった酒器、
で(漢辞海)、
ジョッキのような持ち手がつくことが多く、ふたがつくものもある。大きなものは一斗(=二リットル弱)入り、ふつうは二升(=400ミリリットル弱)程度の容積、
とあり(仝上)、
殿上では純金、廊下では純銀のものを用いた、
とある(https://plaza.umin.ac.jp/~linglan/cgi-bin/sb/log/eid34.html)。なお、
唐詩選では、
金屈巵、
とあるが、『全唐詩』等では、
卮、
に作る(仝上)とあり、
卮、
が正字、
巵、
は異体字(仝上)とある。
(「巵」 『説文解字』(後漢・許慎) https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%8D%AEより)
「卮(巵)」(シ)は、
会意文字。人の字の変形と、卩(人のひざまずいた形)を合わせて、主君より臣下に酒杯を賜ることを示す、
とあり(漢字源)、史記に、
賜之卮酒(コレニ卮酒を賜へ)、
とある。上述したように、
四升入りのまるい大杯、
で、玉で作ったのを、
玉卮(ギョクシ)、
その大杯についだ酒を、
卮酒(シシュ)、
という(仝上)。
「杯(盃)」(漢音ハイ、呉音ヘ)は、
会意兼形声。不は、花の下の丸くふくらんだ萼(ガク)、またはつぼみを描いた象形文字。杯は「木+音符不」で、ふっくらとふくらんだ形の器、
とあり(漢字源)、もと、
桮、
につくる(字源)とあり、
「木」から構成され、「否」が音、
とある(漢辞海)。
盃、
は、俗字である(仝上)。
杯、
は、
飲み物・吸い物を入れる中ほどのふくれた器、
で、
さかずき、
という訓は酒を入れる器にしか使わない(漢字源)とある。挙杯(きょはい 杯ヲ挙グ)という。別に、
会意兼形声文字です(木+不(否))。「大地を覆う木」の象形と「花のめしべの子房の象形と口の象形」(「~しない(否定詞)」の意味だが、ここでは、「ふっくらと大きい」の意味)から、「ものを入れる為のふっくらとした木製の器」、「さかずき(酒を入れて飲む器)」を意味する「杯」という漢字が成り立ちました。のちに、「杯」の「木」が「皿(食物を盛る皿の象形)」に変化して「盃」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji1425.html)が、
形声。「木」+音符「不 /*PƏ/」(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%9D%AF)、
形声。木と、音符否(ヒ)→(ハイ)(不は省略形)とから成る。「さかずき」の意を表す(角川新字源)、
は、形声文字としている。
「觴」(ショウ)は、
形声。「角」+音符「𬀷 /*LANG/」、
とある(漢字源・https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%A7%B4)。
酒卮(さかづき)の総称、
とある(仝上・字源)。なお「濫觴」については触れた。
「盞」(漢音サン、呉音セン)は、
会意兼形声。「皿+音符戔(けずる、小さい)」で、小さい意を含む、
とあり(漢字源)、
小さい杯、
の意である(仝上・字源)。
酒盞(しゅさん)、
といい、
醆、
と同義(漢辞海)。
「觚」(漢音コ、呉音ク)は、
形声。「角+音符瓜(カ・コ)」
で、中国の量(かさ)の単位で、
二升(約0.38リットル)、
はいるさかずき(漢字源)とある。古え、
稜(カド)ありしといふ、
とある(字源)。
青銅製の酒器、
で、
ラッパ状、
とある(漢辞海)。なお、
二升入の酒杯、
は、「角」篇に「單」(シ)である。
「爵」(漢音シャク、呉音サク)は、
象形、スズメの形をした酒器を描いたもの。小さい鳥を雀(ジャク)といい、小さくかみくだくのを嚼(シャク)という。爵はスズメと同系で、スズメの形になぞらえた器なので、シャクと称した、
とある(漢字源)。別に、
象形。(典礼にもちいる)三本足で、柱と流し口、取っ手のある酒器の形にかたどる。酒を温めるのに用いた。中国古代の宮廷の祭礼では、神酒を受けるのに、身分によって順序・量の区別があったので、転じて、位の意に用いる、
ともある(角川新字源・漢辞海)。
醆、
盞
に同じとある(字源)。
「嵬」(慣用カイ、漢音ガイ、呉音ゲ)は、
会意兼形声。鬼は丸く大きい亡霊の姿。嵬は「山+音符鬼」で、大きい岩石の盛り上がった山、
とあり(漢字源)、俗に、杯、の意で使う。宋代、
背嵬軍(将軍の後ろから大杯を以て従う従卒)、
と、
まるい大杯、
の意で使う。
「白」(漢音ハク、呉音ビャク)は、「白毫」で触れたように、
象形。どんぐり状の実を描いたもので、下の部分は実の台座。上半は、その実。柏科の木の実のしろい中身を示す。柏(ハク このてがしわ)の原字、
とある(漢字源)が、
象形。白骨化した頭骨の形にかたどる。もと、されこうべの意を表した。転じて「しろい」、借りて、あきらか、「もうす」意に用いる、
ともあり(角川新字源)、象形説でも、
親指の爪。親指の形象(加藤道理)、
柏類の樹木のどんぐり状の木の実の形で、白の顔料をとるのに用いた(藤堂明保)、
頭蓋骨の象形(白川静)、
とわかれ、さらに、
陰を表わす「入」と陽を表わす「二」の組み合わせ、
とする会意説もある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%99%BD)。で、
象形文字です。「頭の白い骨とも、日光とも、どんぐりの実」とも言われる象形から、「しろい」を意味する「白」という漢字が成り立ちました。どんぐりの色は「茶色」になる前は「白っぽい色」をしてます、
と並べるものもある(https://okjiten.jp/kanji140.html)。
白、
は、
とっくり、さかずきなどの酒器。中がうつろなことから、
とあり(漢字源)、
罰として酒を飲ませるのに用いる杯、罰杯、
ともある(漢辞海)
参考文献;
前野直彬注解『唐詩選』(岩波文庫)
太宰治『太宰治全集』(Kindle版)
簡野道明『字源』(角川書店)
戸川芳郎監修『漢辞海』(三省堂)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95