秋扇
芙蓉不及美人粧(芙蓉も及ばず 美人の粧(よそお)い)
水殿風來珠翠香(水殿(すいでん) 風来たって珠翠(しゅすい)香(かんば)し)
卻恨含情掩秋扇(却って恨む 情を含んで秋扇(しゅうせん)を掩(おお)い)
空懸明月待君王(空しく明月を懸けて君王を待ちしを)(王昌齢・西宮秋怨)
の、
美人、
は、
班婕妤(はんしょうよ)、
をさし、
珠翠、
は、
真珠や翡翠、
で、
宮殿の飾り、
とする説、
髪飾り、
とする説があるが、ここでは、
髪飾り、
を採る(前野直彬注解『唐詩選』)とある。
秋扇(しゅうせん)、
は、
秋の扇、
の意で、
扇は秋になれば見捨てられるところから、捨てられた女性、
に喩える。班婕妤は、
長信宮に退いたのち、「怨歌行(おんかこう)」という詩をつくり、自分を秋の扇にたとえて、見捨てられた嘆きをうたった、
といい、
扇を掩(おお)う、
とは、
仕舞い込む、
ことで、
自ら身を引いたことをいう、
とある(仝上)。
班婕妤、
の、
婕妤、
は、
宮中の女官に与えられる称号の一つ、
で、彼女の名ではない(仝上)。彼女は、
漢の成帝の寵愛を受けた女性で、才色兼備の賢女として名高い。のちに趙飛燕姉妹が入内し、天子の愛を独占し始めたので、長信宮に住む皇太后に奉仕したいと願い出て、自ら天子の傍を離れた、
という(仝上)。しかし、
怨歌行(おんかこう)、
では、
新裂齊紈素 皎潔如霜雪
裁爲合歡扇 團團似明月
出入君懷袖、動搖微風發
常恐秋節至、涼風奪炎熱
棄捐篋笥中、恩情中道絶
詠い、
新しく斉の国産の白絹を裂くと、潔白で、まるで雪や霜のようだ、それを絶ち切って会わせ貼りの円扇を作ったら、まんまるで満月ようである。この扇は、いつも我が君の懐や袖に出入りして、動かすたびに、そよ風を起こしていた。然し心にかかるのは、秋の季節が訪れて、涼風が暑さを奪い去ると、わが身は秋の扇として、箱の中に投げ込まれ、君の、お情けも中途で絶えてしまうことです、
と、扇を自身に比し、歎いた(http://www.ccv.ne.jp/home/tohou/hansh.html)。
彼女は、唐代の詩評「詩品」において、詩作者として、
無名人(古詩十九首の作者)・李陵 (りりょう)・曹植(そうしょく)・劉楨(りゅうてい)・王粲(おうさん)・阮籍(げんせき)・陸機(りくき)・潘岳(はんがく)・張協(ちょうきょう)・左思(さし)・謝霊運(しゃれいうん)という新人たちと共に「上品」に選ばれている、
とある(https://kakuyomu.jp/works/1177354054884883338/episodes/1177354054891727588)。こんな彼女は、詩人の題材となり、多くの詩人にうたわれたが、例えば、王維は、
班婕妤、
と題して、
怪來粧閣閉(怪しむ 妝(粧)閣(しょうかく)閉ざして)
朝下不相迎(朝(ちょう)より下(くだ)るも相迎えざるを)
總向春園裏(総(すべ)て春園(しゅんえん)の裏(うち)に向い)
花閒笑語聲(花間(かかん) 笑語(しょうご)の声)
と詠っている。
秋扇、
は、
班婕妤の故事から、
班如扇(はんじょせん)、
班女扇 (はんにょがあふぎ)、
ともいう(大言海)。
秋扇、
は、
時に適せず役に立たないもの、
の喩えでもあるので、
冬扇、
ともいい(広辞苑)、「論衡」逢遇の、
作無益能、納無補之説、以夏進炉、以冬奏扇、
による、
夏炉冬扇、
冬扇夏炉、
という言い方もある。
「扇」(セン)は、
会意文字。「戸(とびら)+羽(はね)」で、戸や羽のように、ぱたぱたと平らな面がうごいてあおぐこと、
とある(漢字源)が、別に、
会意。戶と、羽(開閉する)とから成り、開閉するとびら、転じて「おうぎ」、あおぐ意を表す、
とも(角川新字源)、
会意文字です(戸+羽)。「片開きの戸」の象形と「鳥の両翼」の象形から、鳥のように、「広がったり閉じたりする、とびら」、「広げた羽のような、おうぎ」を意味する「扇」という漢字が成り立ちました、
とも(https://okjiten.jp/kanji1394.html)ある。
中国では、うちわ式のもののみを用い、折り畳み式のは、明代に日本から輸入したもの、
とあり、
団扇(だんせん)、
は、
うちわ、
摺扇(しょうせん)、
が、
おりたたむ扇子、
麾扇(きせん)、
は、
指揮するために持つ扇子、軍配、
をいう(漢字源)。
参考文献;
前野直彬注解『唐詩選』(岩波文庫)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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