2024年07月16日
ひさかたの
ひさかたの天つ空にも住まなくに人はよそにぞ思うべらなく(古今和歌集)、
の、
天つ空、
は、
遠く離れた場所、
の意(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)、
ひさかたの、
は、
「あめ(天)」「あま(天)」「そら(空)」にかかる枕詞、
だが、転じて、
さよふけてまなかばたけゆくひさかたの月吹きかへせ秋の山風(古今和歌集)、
ひさかたの光のどけき春の日に静心なく花の散るらむ(仝上)、
と、天空に関わる、
「月」「日」「雨」「雪」「雲」「霞」「星」「光」「夜」、
等々にかかる枕詞である(仝上・広辞苑)。
ひさかたの、
は、
久方の、
久堅の、
と当て、その由来は、
日射方(ひさすかた)の義(大言海)、
「日射す方」の約(精選版日本国語大辞典)、
天先ず成れば、地より久しき意にて、久堅の義(大言海)、
天は虚なれば、丸くうつろな形を、匏(ひさご)形の義(仝上・精選版日本国語大辞典)、
「久方・久堅」から、天を永久に確かなものとする(デジタル大辞泉)、
万葉集に「久堅」とあるので、永く堅い意が込められていた(岩波古語辞典)、
等々諸説あるが、
皆、牽強ならむ、
とあり(大言海)、未詳(精選版日本国語大辞典)というのが妥当かもしれない。
ひさかたの、
は、
比佐迦多能(ひさかたの)阿米能迦具夜麻(あめのかぐやま)斗迦麻邇(とかまに)佐和多流久毘(さわたるくび)比波煩曽(ひはぼそ)ひさかたの天(あめ)の香具山(かぐやま)とかまにさ渡る鵠(くび)ひほぼそ(万葉集)、
と、
天(あま・あめ)、
にかかり、さらに、主に上代(奈良時代)に、
妹(いも)が門(かど)行き過ぎかねつ久方乃(ひさかたノ)雨も降らぬか其(そ)を因(よし)にせむ(万葉集)、
と、
天(あめ)、
と同音の、
雨、
にかかり、中古以降に。
ひさかたのそらに心の出づといへば影はそこにもとまるべきかな(蜻蛉日記)、
と、
天、
と類義の、
空、
にかかり、さらに、
久方乃(ひさかたノ)月夜を清み梅の花心ひらけて吾が思(も)へる君(万葉集)、
と、天空にあるものとしての、
月、
また
月夜、
にかかるに至る。その用例から転じて、
ひさかたのつきげそこより渡るとも天(あま)のかはらげ影とどめてむ(康保三年順馬毛名歌合)、
と、
時間としての「月」や色の名「月毛」、
にかかり、さらに、
久方の光のどけき春の日にしづ心なく花の散るらむ(古今和歌集)、
と、天空にあるものとして、天体の、
日、
に、天体に関係あるものとして、
光、
にかかり、転じて、時間としての「日」、「日」と同音を含む語や「昼」にもかかる。さらに、天空に関係のあるものとして、
久方の雲の上にて見る菊は天つ星とぞあやまたれける(古今和歌集)、
と、
雲、
雪、
霰(あられ)、
にかかり、どんどん広がって、天上のものとして、
ひさかたの岩戸の関もあけなくに夜半に吹きしく秋の初風(曾丹集)、
と、
岩戸、
織女(たなばたつめ)、
などにかかり、さらには、月の中の、
ひさかたの桂にかくるあふひ草空の光にいくよなるらん(新勅撰和歌集)、
と、月の中に桂(かつら)の木があるという伝説から、
桂、
および、それと同音の地名「桂」にかかり、
久堅之(ひさかたの)都を置きて草枕旅ゆく君を何時とか待たむ(万葉集)、
と、
都、
にかかる(精選版日本国語大辞典・大言海)。
最後は、天(あま)、空、月などにかかるところから、
久方のなかにおひたる里なれば光をのみぞたのむべらなる(古今和歌集)、
と、
天、
空、
月、
そのものの意でも使うに至る(岩波古語辞典)。
「久」(漢音キュウ、呉音ク)は、
会意。背の曲がった老人と、その背の所に、引っ張るしるしを加えたもので、曲がって長いの意も含む。灸(キュウ もぐさで長い間火を燃やす)、柩(キュウ 長い間死体を保存するひつぎ)の字の音符となる、
とある(漢字源)。「镹」「乆」は異字体とある(仝上・漢辞海)。別に、
不詳。一説に、「氒」の略体に由来する。『説文解字』では灸を当てている人のさまを象ると分析されているが、信頼できる記述ではない(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E4%B9%85)、
指事。人と、乀(後ろから引き止めるさまを示す)とから成る。とまる、おくれる、ひいて「ひさしい」意を表す(角川新字源)、
象形文字です。「病気で横たわる人の背後から灸をすえる」象形から、灸の意味を表しましたが、それが転じて(派生して・新しい意味が分かれ出て)、「時間が長い」、「ひさしい」を意味する「久」という漢字が成り立ちました(久は灸の原字です)(https://okjiten.jp/kanji883.html)、
と、異説がある。
参考文献;
高田祐彦訳注『新版古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
戸川芳郎監修『漢辞海』(三省堂)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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