2024年08月01日

いとなし


あはれともうしともものを思ふときなどか涙のいとなかるらむ(古今和歌集)、

の、

いとなかる、

は、

暇(いと)なしの連体形「いとなかる」と「流る」の掛詞、

とし、

いと、

が、

「流る」を修飾するという説はとらない、

とある(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)のは、

いと、

を、

いと+流る、

と見て、

たいそう、
はなはだしく、

の意とする説があるhttps://blog.goo.ne.jp/s363738n/e/ecfc49311cb873a05694c55ce8440cf2からである。

いとなし、

は、

暇無し、

と当て、

一歳(ひととせ)に二度(ふたたび)も来(こ)ぬ春なればいとく今日は花をこそ見れ(後拾遺)、

と、

休むひまがない、
絶え間がない、
忙しい、

の意で、

(く)・から/く・かり/し/き・かる/けれ/かれ、

と、ク活用である(広辞苑・学研全訳古語辞典)。

いとなし、

の、

いと、

は、

暇(いとま)、

の意(精選版日本国語大辞典)で、状態表現の、

絶え間ない、

の意の外延から、

少しばかり、

という価値表現でも使うようだ(大言海)。

いとなし、

は、要するに、

暇(いとま)なし、

と同義になる(仝上)。

いとまなし、

は、

暇無し、

と当て、

ひさかたの月は照りたり伊刀麻奈久(イトマナク)海人(あまの)漁火(いざり)はともし合へり見ゆ(万葉集)、

と、

絶え間がない、
とぎれる時がない、
ひっきりなし、

という状態表現の意から、

いとまなしや。姫松もつるもならびてみゆるにはいつかはみかのあらんとすらんと書き給ふ(宇津保物語)、

と、価値表現へとシフトし、

落ち着く時がない、
気ぜわしい、
くつろげない、
いとまあらず、

の意、さらに、

家に貧しき老母有り、只我独(ひとり)して彼を養ふ。孝養するに暇无し(今昔物語集)、

と、

物事をなしとげるには必要な時間が足りない、
時間のゆとりがない、
余裕がない、

の意で使う(精選版日本国語大辞典)。

いとまなし、

の、

イトはイトナム(營)・イトナシ(暇無)のイトと同根。休みの時の意。マは間。時間についていうのが原義。類義語ヒマは割目・すき間の意から転じて、する仕事がないこと、

とあり(岩波古語辞典)、

いとなむ

は、

イトナ(暇無)シ、

に由来し、

形容詞イトナシ(暇無)の語幹に動詞を作る接尾語ムのついたもの。暇がないほど忙しくするのが原義。ハカ(量)からハカナシ・ハカナミが派生したのと同類、

とあり(岩波古語辞典・デジタル大辞泉)、

営む、

と、

「營」の字を当てるが、測るとかつくる、などという抽象的なことではなく、ただ、

忙しく仕事をする、
暇がないほど忙しい、

という状態表現にすぎなかったとみられる。

いとなし(暇無し)、

自体が、上述のように、

休む間がない、たえまない、

という意で、

ひぐらしの声もいとなく聞ゆる、

というようなたんなる状態表現であったことから由来している(「はか」については触れた)。

なお、「いとま」については触れたし、

「いとま」=時間、

と区別する、

「ひま」=空間、

の「ヒマ」についても触れた。

「暇」.gif

(「暇」 https://kakijun.jp/page/1360200.htmlより)

「暇」 『説文解字』.png

(「暇」 『説文解字』(後漢・許慎)  https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%9A%87より)

「暇」(漢音カ、呉音ゲ)は、

会意兼形声。右側の叚(音カ)は「かぶせる物+=印(下にいた物)」の会意文字で、下に物を置いて、上にベールをかぶせるさま。暇はそれを音符とし、日を加えた字で、所要の日時の上にかぶせた余計な日時のこと、

とあり(漢字源)、また、

会意兼形声文字です(日+叚)。「太陽」の象形と「削りとられた崖の象形と未加工の玉の象形と両手の象形」(「岩石から取り出したばかりの未加工の玉」の意味)から、かくれた価値を持つひまな時間を意味し、そこから、「ひま」を意味する「暇」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji1290.htmlが、

形声。「日」+音符「叚 /*KA/」。「空き時間」「隙間の時間」を意味する漢語{暇 /*graas/}を表す字、

(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%9A%87

形声。日と、音符叚(カ)とから成る。「ひま」の意を表す、

も(角川新字源)、形声文字とする。

参考文献;
高田祐彦訳注『新版古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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