しなが鳥猪名(ゐな)野をゆけば有馬山ゆふ霧立ちぬ宿はなくして(新古今和歌集)、
の、
しなが鳥、
は、
猪名(ゐな)にかかる枕詞、
とあり、
猪名野、
は、
摂津國の枕詞、現在の兵庫県伊丹市を中心に、川西市・尼崎市にまたがる猪名川流域の地、
とある(久保田淳訳注『新古今和歌集』)。この原歌は、萬葉集の、
しなが鳥猪名野を来れば有馬山夕霧立ちぬ宿りはなくて(一本に云ふ、猪名の浦廻(うらみ)を漕ぎ来れば)、
とある(仝上)。
しなが鳥、
は、
息長鳥、
と当て、
カイツブリの別名、
つまり、
にほどり、
とも(広辞苑・大言海)、あるいは、
ひどりがも(緋鳥鴨)の異名、
とも(精選版日本国語大辞典)、また歌語としては、
イノシシの異名、
ともあり(日葡辞書)、枕詞としては、
雌雄が居並ぶからともいい、シリナガドリ(尻長鳥)の約と見て、それが「居る」の意からとも、また雌雄が率ゐる(相率いる)意からとも言い、
大海(おほうみ)にあらしな吹(ふ)きそしなが鳥(どり)猪名(ゐな)の港(みなと)に舟(ふね)泊(は)つるまで(万葉集)、
と、同音を持つ地名、
猪名(いな)、
に、また、水に潜って出てきたときの息をつぐ声から、
しなが鳥 安房(あは)に継ぎたる 梓弓(あづさゆみ) 末(すゑ)の珠名(たまな)は 胸別(むなわけ)の ひろき吾妹(わぎも)(万葉集)、
と、
あは(安房)、
にかかる(仝上・デジタル大辞泉・岩波古語辞典)。
(猪名野(いなの)(摂津名所図会) https://saigyo.sakura.ne.jp/inano.htmlより)
しながどり、
の、
し、
は、
息(いき)、
此の鳥、水底より浮び出て阿阿と息つきの長き意、
とあり(大言海)、
し(息)、
は、
複合語になった例だけ見える、
とあり、また、
しな(科長)戸の風の天の八重雲吹き放つ事の如く(祝詞・大祓詞)、
と、
風、
の意もある(岩波古語辞典)。
かいつぶり、
については、「にほどり」で触れたように、
鳰(にお)、
鸊鷉(へきてい)、
鸊鵜(へきてい)、
かいつむり、
いっちょうむぐり、
むぐっちょ、
はっちょうむぐり、
息長鳥(しながどり)、
等々とも呼び、室町時代、
カイツブリ、
と呼ぶようになる。
「息」(漢音ショク 呉音ソク)は、
会意文字。「自(はな)+心」で、心臓の動きにつれて、鼻からすうすうといきをすることを示す。狭い鼻孔をこすって、いきが出入りすること。すやすやと平静にいきづくことから、安息・生息の意となる。また、生息する意から、子孫をうむ→むすこの意ともなる、
とある(漢字源・https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%81%AF・角川新字源)。
参考文献;
久保田淳訳注『新古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95