神風の伊勢の浜荻折り伏せて旅寝やすらむ荒き浜辺に(読人しらず)
の、
伊勢の浜荻、
は、
蘆に同じとされる、
とあり(新古今和歌集)、
浜に生える荻とする説もある、
とある(仝上)。原歌は、萬葉集の、
碁檀越(ごだんおち)が伊勢の国に行ったときに、留守をしていた妻が作った歌(碁檀越徃伊勢國時留妻作歌一首)、
神風之伊勢乃濱荻折伏客宿也将為荒濱邊尓(神風の伊勢の浜荻折り伏せて旅寝やすらむ荒き浜辺に)、
である(仝上)。
伊勢の浜荻、
は、
伊勢の国の浜地に生える荻、
の意だが、萬葉集に詠まれた、
伊勢の浜荻、
を、古くから、
アシと誤る俗説があり、
住吉社歌合の俊成の判詞にも、
伊勢島には浜荻と名付くれど、難波わたりには蘆とのみ言ひ、吾妻の方には葭(よし)といふなる、
とある(岩波古語辞典)。ために、
草の名も所によりて変るなり難波の蘆(あし)は伊勢の浜荻(菟玖波集)、
伊勢の浜荻名を変へて、葦(よし)といふも蘆(あし)といふも、同じ草なり(謡曲「歌占(1432頃)」)、
と、俗に、
蘆の異名、
として使っている(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)。江戸後期の歌論書『歌袋』に、
御抄(八雲御抄 鎌倉初期の歌学書)、竝に童蒙抄(藤原範兼 平安末期)に、伊勢國にては蘆を濱荻と云ふなどと云へるは、誤りなり、
とある(大言海)。しかし、この誤解から、
風俗・習慣などは、土地によって違うことのたとえ、
として、
難波の葦は伊勢の浜荻、
という諺も生まれている(故事ことわざの辞典)。
荻(オギ)、
は、和名類聚抄(931~38年)に、
荻、乎木(おぎ)、
とあり、
イネ科の多年草。各地の池辺、河岸などの湿地に群生して生える。稈(かん)は中空で、高さ一~二・五メートルになり、ススキによく似ているが、長く縦横にはう地下茎のあることなどが異なる。葉は長さ四〇~八〇センチメートル、幅一~三センチメートルになり、ススキより幅広く、細長い線形で、下部は長いさやとなって稈を包む、秋、黄褐色の大きな花穂をつける、
とある(精選版日本国語大辞典)。
おぎよし、
ねざめぐさ(寝覚草)、
めざましぐさ(目覚し草)、
かぜききぐさ(風聞草)、
風持草、
文見草、
等々の異名がある(精選版日本国語大辞典・広辞苑)。
ススキ、
によく似ているが、
オギは地下茎で広がるために株立ちにならない(ススキは束状に生えて株立ちになる)、
ため、
茎を1本ずつ立てる、
し、ススキと違い、
オギには芒(のぎ)がない、
うえ、
ススキが生えることのできる乾燥した場所には生育しないが、ヨシよりは乾燥した場所を好む。穂はススキよりも柔らかい、
という違いがある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%82%AE)。
(芒をもつライムギの小穂 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8A%92より)
芒(のぎ)、
は、コメ、ムギなどイネ科の植物の小穂を構成する鱗片(穎)の先端にある棘状の突起のこと、
をいい、
のげ、
ぼう、
はしか、
とも言う。ススキのことを芒とも書くが、オギ(荻)には芒がない(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8A%92)。
をぎ(荻)、
の由来は、
霊魂を招き寄せるということから、ヲグ(招)の意(花の話=折口信夫)、
招草の意、風になびく形が似ているところから(古今要覧稿)、
風に吹かれてアフグところから、アフギの約(本朝辞源=宇田甘冥)、
オは大、キはノギ(芒)のある意(東雅)、
ヲキ(尾草)の義(言元梯)、
ヲギ(尾生)の義(名言通)、
ヲソクキ(遅黄)パムの略語(滑稽雑誌所引和訓義解)、
等々とある。
すすき(薄、芒)、
については、由来も含めて、「尾花」で触れたが、
「すすき」の語源説は、
ススは、スクスクと生立つ意、キは、木と同じく草の體を云ふ、ハギ(萩)、ヲギ(荻)と同趣。接尾語「キ」(草)は、芽萌(きざ)すのキにて、宿根より芽を生ずる義ならむ。萩に芽子(ガシ)の字を用ゐる。ヲギ(荻)、ハギ(萩)、
ヨモギ(艾)、フフキ(蕗)、アマキ(甘草)、ちょろぎ(草石蠶)、等々(大言海・日本語源広辞典)、
「スス」は「ササ(笹)」に通じ、「細い」意味の「ささ(細小)」もしくは「ささ(笹)」の変形、キは葉が峰刃のようで人を傷つけるから(東雅・語源由来辞典)、
スス(細かい・細い)+キ(草)、細かい草の意(日本語源広辞典)、
スは細い意で、それが叢生するところからススと重ねたもの、キは草をいう(箋注和名抄)、
ススキ(進草)の義(言元梯)、
スス(進)+クの名詞化、花穂がぬきんでて動く(すすく)意、つまり風にそよぐ草の意(日本語源広辞典)、
煤生の訓(関秘録)、
スはススケル意、キはキザスの略か(和句解)、
スクスククキ(直々茎)の義(名語記・日本語原学=林甕臣)、
茎に紅く血の付いたような部分があるところから、血ツキの轉(滑稽雑誌所引和訓義解)、
秋のスズシイときに花穂をつけるところから、スズシイの略(日本釈名)、
サヤサヤキ(清々生)の義(名言通)、
中空の筒状のツツクキ(筒茎)といい、ツの子交[ts]、茎[k(uk)i]の縮約の結果、ススキ(薄)になった(日本語の語源)、
等々多いが、理屈ばったもの、語呂合わせを棄てると、
すすき、
の、
すす、
は、
「ササ(笹)」に通じ、「細い」意味の「ささ(細小)」もしくは「ささ(笹)」の変形、
で、「き」は、
草、
と当てる接尾語、
ヲギ(荻)、ハギ(萩)、ヨモギ(艾)、フフキ(蕗)、アマキ(甘草)、
等々の「き」「ぎ」に使われているものと同じ、と見るのが妥当かもしれない。とみると、
をぎ(荻)、
の、
き、
も同様と考えれば、
を、
は、
おほ(大)の対の「を」(小)、
を(尾)、
を(緒)、
のいずれかだろう(岩波古語辞典)が、ま、
尾、
とするのが無難な気がする。
「荻」(漢音テキ、呉音ジャク)は、
会意兼形声。「艸+音符狄(低く刈りたおす、低くふせる)」、
とある(漢字源)。別に、
会意兼形声文字です(艸+狄)。「並び生えた草」の象形と「耳を立てた犬の象形と人の両脇に点を加えた文字(「脇、脇の下」の意味)」(「漢民族のわきに住む異民族(価値の低い民族)」の意味)から、稲と違って価値の低い草「おぎ」を意味する「荻」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji2686.html)。
参考文献;
高田祐彦訳注『新版古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
ラベル:伊勢の浜荻 難波の葦は伊勢の浜荻