2024年08月20日
方違へ
蝉の羽の夜の衣は薄けれど移り香濃くもにほひぬるかな(古今和歌集)、
の詞書(ことばがき)
に、
方違へに人の家にまかれりける時に、主の衣を着せたりけるを、あしたに返すとてよみける、
の、
方違(かたたが)へ、
は、
陰陽道による方角の禁忌、
で、
外出時に、天一神(なかがみ)の巡行の方角とぶつからないよう、人の家に泊まり方角を変えてから出かけること、
とある(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)。
方違へ、
のために宿泊する家を、
忍び忍びの御方違所はあまたありぬべけれども、久しくほど経て渡りたまへるに(源氏物語)
と、
方違所(かたたがへどころ)、
という(岩波古語辞典)。なお、中世には、
前日にその方向へ仮に出発してすぐ戻り、当日その方向へ再出発するという説も行われた、
とある(仝上)。
天一神(なかがみ)、
は、
中神、
とも当て、
ながかみ、
とも訓ませ、
天一、
ともいい、
陰陽道(おんみょうどう・おんようどう・いんようどう)で、八方を運行し、吉凶禍福をつかさどるとされる方角神の一つ、
とされ(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)、また、
暦神の名、
十二神将の主将、
地星の霊、
ともいい(広辞苑)、
己酉(つちのととり)の日に天から下り、東西南北の四方にそれぞれ五日、北東、南東、南西、北西の四方にそれぞれ六日ずつ滞在する。計44日、癸巳(みずのとみ)の日に正北から天に上り、天上にいること16日、己酉の日に再び地上に下る、
という(仝上・デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典)。この神が天に在る間を、
天一天上、
といい、
下って地上にいる方角を、
ふたがり、
といい、
その通路に当たる者には祟りをする、
といわれ、この方角に向かって事をすることを忌み、その日他出するときは、方違えをすることになる(仝上)。こ
の信仰は平安時代に最も流行したという。なお、
方違へ、
の、
方忌(かたいみ)、
の根拠には、
生年の干支である本命から個人的に凶方を割り出し、これを避けるもの、
と、
天一神(なかがみ)、太白神、金神、王相、八将神、土公神などの諸神が遊行する方角や鬼門を忌む人々に共通のもの、
とがある。前者は貞観七年(865)8月21日に、
清和天皇が東宮より内裏に移ろうとしたとき、天皇の本命が庚午で、東宮より内裏の方向である乾は絶命に当たるゆえ避けらるべきことを陰陽寮が上奏し、このためいったん太政官曹司庁に入っている、
のが初例とされている(世界大百科事典)。しかしその後は、後者の遊行神の方忌による方が普通となったようで、天一神忌は860年ころにはじまっている(仝上)。
なお、天一神の遊行の詳細については、「天一天上と塞がり」(https://koyomi8.com/doc/mlwa/201112190.html)に詳しい。
「方」(ホウ)は、「方人」で触れたように、
象形、左右に柄の張り出た鋤を描いたもので、⇆のように左右に直線状に伸びる意を含み、東←→西、南←→北のような方向の意となる。また、方向や筋道のことから、方法の意が生じた、
とある(漢字源)が、中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎)は、
舟をつなぐ様、
とし、
死体をつるした様、
とする説(白川静)もある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%96%B9)。ために、
象形。二艘(そう)の舟の舳先(へさき 舟の先の部分)をつないだ形にかたどる。借りて、「ならべる」「かた」「くらべる」などの意に用いる(角川新字源)、
象形文字です。「両方に突き出た柄のある農具:すきの象形」で人と並んで耕す事から「ならぶ」、「かたわら」を意味する「方」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji379.html)、
ともある。
「違」(イ)は、
会意兼形声。韋は、物を表す口印を中心にして、左右の足が逆向きにあるさまを示す会意文字。違は「辶+音符韋」で、←→型に行き違いになること、
とあり(漢字源)、また、
会意兼形声文字です(辶(辵)+韋)。「立ち止まる足・十字路の象形」(「行く」の意味)と「ステップの方向が違う足の象形と場所を示す文字」(別方向に歩むさまから、「そむく」の意味)から、「そむき離れる」、「ちがう」を意味する「違」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji1133.html)、
会意形声。辵と、韋(ヰ)(くいちがう)とから成る(角川新字源)、
ともあるが、
形声。「辵」+音符「韋 /*WƏJ/」。「たがう」「さからう」を意味する漢語{違 /*wəj/}を表す字、
と(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%81%95)、形声文字とする説もある。
参考文献;
高田祐彦訳注『新版古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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