絶えぬるか影だに見えば問ふべきに形見の水は水草ゐにけり(右大将道綱母)、
の詞書に、
入道摂政久しくまうで来ざりける頃、鬢(びん)搔きて出で侍りける泔坏(ゆするつき)の水入れながら侍りけるを見て、
とある、
泔坏、
の、
泔、
は、
洗髪に用いた、強飯(こわいい)を蒸したあとの、粘った湯、
で、
泔坏、
は、それを入れる容器とある(久保田淳訳注『新古今和歌集』)。なお、歌の、
形見の水、
は、具体的には、
泔杯の水、
を指し、
水草ゐにけり、
は、蜻蛉日記に、
出でし日使ひし泔坏の水はさながらありけり。上に塵ゐてあり、
とあり、
塵が浮き、かびの類が発生していたのか、
と注釈している(仝上)。なお、古歌に、
わが門の板井の清水里遠み人し汲まねば水草生ひにけり(古今集)、
とある(仝上)とある。
(泔坏(類聚雑要抄) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B3%94%E5%9D%8Fより)
泔坏、
は、色葉字類抄(1177~81)に、
泔器、ゆするつき、
とあるように、要するに、
鬢(びん)かき水を入れる、蓋つきの茶碗状の器、
をいい、
びんだらひ、
で(大言海)、古くは、
土器、
後に、
漆器・銀器、
を用い(広辞苑)、
蓋、臺あり、
とある(大言海)。
蓋付茶碗のような形、
で(岩波古語辞典)、
茶托状の台に載せ、さらに五葉の大きな台に載せる。平安時代以来もちいた(広辞苑)とある。
台、
は、
尻、
ともいわれ、周縁は2分高く、小文唐錦を敷き、5本の足があり、高さは7寸5分、金物を打ちつけ、5箇所で緒を総角(あげまき)に結び垂らし、足の下も環になっている、
とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B3%94%E5%9D%8F)。上記に、
洗髪に用いた、強飯(こわいい)を蒸したあとの、粘った湯、
とあるのは、
髪を洗いくしけずるのに用いる水、
に、昔は、洗髪用に、
強飯を蒸した後の、粘り気のある湯がつかわれた、
とも(岩波古語辞典)、
米のとぎ汁を用いた、
とも(漢字源)あるためである。で、
頭髪を洗うこと、
を、
風に櫛(かしらけず)り雨に沐(ゆするたみ)する(欽明紀)、
と、
泔浴(ゆするあみ)、
という(広辞苑)。
ゆする(泔)、
は、
よき男の日暮てゆするし……顔などつくろひて出る(徒然草)、
と、
頭髪を洗い、くしけずること、またその用水、
をいい(岩波古語辞典)、
びんみづ、
ともいう(大言海)が、字鏡(平安後期頃)に、
粕、由須留、
潘、湯、淅米汁也、以可沐頭、由須留、
とあるなど、
米を研いだときにでる白い汁、
とのつながりが深いことがわかり、
ゆする、
の由来も、
湯汁の轉か、強飯(こはいひ)を蒸し作れる後の湯、此粘ある湯を、泔汁(ゆするしる)と云ひて、泔坏に貯へ、櫛を浸して梳(けず)るなり(大言海)、
湯スルの義(和訓栞)、
米をゆすいだ汁であるところからか(日本語源=賀茂百樹)、
など、
湯、
と、
米汁、
とのかかわりを思わせる説が多い。
泔坏(ゆするつき)に入れる水は、
白水(しろみず)、
といい、
白水は、性、冷たいもので、これを櫛につけて髪をけづると、人の血気を下げる効用があるとされた、
ともある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B3%94%E5%9D%8F)。
「泔」(カン)は、
会意兼形声。「水+音符甘(中に含む)」、
で、「米のとぎ汁」の意である。和語では、
ゆする、
と訓ませるが、
髪を洗いくしけずること、また、それに用いる水、
を指すが、昔は、
米のとぎ汁を用いた、
とある(漢字源)。
「坏」(①漢音ハイ・呉音ヘ、②漢音ヒ、呉音ビ)は、
会意兼形声。不は、ふくれたつぼみ(菩・芣)を描いた象形文字。坏は「土+音符不」で、ふくれた盛り土やふくれた土器のこと。否・咅が不の異字体だから、坏・培はほとんど同義に用いる、
とある(漢字源)。「高坏」「さかづき」などのふっくらと腹を太めに焼いた土器、「一杯」は「両手いっぱいにふっくらと盛った量」をいい、この意味の音が①、②は、盛り土(培(ホウ)・邳(ヒ))の意の場合の音、とある(漢字源)。
なお、「さかづき」に当てる漢字については「勸酒」で触れた。
参考文献;
高田祐彦訳注『新版古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95