新しき年の始めにかくしこそ千歳(ちとせ)をかねて楽しきを積め(古今和歌集)、
の詞書に、
おほなほびの歌、
とある。この、
おほなほびの歌、
は、
大直日の神を祭る神事の歌、
とある(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)。
大直日の神、
は、
『古事記』によれば、禍を吉に転じる神、
とある(仝上)。
おほなほび(おおなおび)、
は、
大直毘、
大直日、
と当て(広辞苑・精選版日本国語大辞典)、
咎過(とがあやまち)在らむをば、神直び、大直備(おほなほび)に見直し開き直し坐(ましま)して(延喜式(927)祝詞)、
とあるように、
凶事を吉事に変える力、
また、
その力を持つ神、
つまり、
大直毘神(おおなおびのかみ)、
をいい、
その、
神の祭、
をもいい、
おおなおみ、
とも訛る。この大直毘神(おおなおびのかみ)を祭るときの歌を、
大直毘の歌(おおなおびのうた)、
といい、
木綿垂(ゆふし)での神が崎なる稲の穂めや稲の穂の諸穂(もろほ)に垂(し)でよこれちふもなし(琴歌譜(9C前)大直備歌)、
とある(精選版日本国語大辞典)。
なおび、
は、
直毘、
直日、
と当て、
直毘(ナホビ)とは禍(まが)を直したまふ御霊の謂なり(「古事記伝(1798)」)、
とあるように、
「なおび」の「なお」は、祓除によって清めること(精選版日本国語大辞典)、
物忌みから平常に復し、また凶事を吉事に転ずる意(広辞苑)、
とされ、
神事の物忌(ものいみ)から平常の生活に直ること、
の意、また、
その時の祝宴。直会(なおらい)、
をもいう(精選版日本国語大辞典)。なお、一説に、
直毘神(なおびのかみ)をまつる日、
の意もある(仝上)。因みに、
直会(なおらひ)、
は、
動詞直(なほ)るに反復・継続の接続詞ヒのついたナホラフの体言形(岩波古語辞典)、
ナオリアイの約。斎(いみ)が直って平常にかえる意(広辞苑)
ナホリアヒ(直合)の義(大言海)、
平常に直る意(日本語源=賀茂百樹)、
直毘の神の威力を生じさせる行事の意(上世日本の文学=折口信夫・金太郎誕生譚=高崎正秀)、
等々諸説あるが、
神事(異常なこと)が終わった後、平常に復するしるしにお供物を下げて飲食すること、またその神酒(岩波古語辞典)、
神事が終わって後、神酒、神饌をおろしていただく酒宴、またその神酒(広辞苑)、
という意味である。ついでながら、
なほ(直)る、
自体が、
険悪・異常な状態から元の平静・平常に戻る、
意である(岩波古語辞典)。
直毘(直日)神、
は、
罪悪・禍害を改め直す神、
穢れをはらう霊神、
とされるが、
伊邪那岐(いざなぎ)尊が筑紫の檍原(あわきはら)でみそぎをしたときに生まれた、大直毘神と神直毘神との二神をいう、
とされ(精選版日本国語大辞典)、そのときの、
「けがれ」を象徴し、凶事をひきおこす神、
は、「古事記」では、
八十禍津日(やそまがつひの)神、
大禍津日神、
の二神(ふたはしら)とされる(デジタル大辞泉)。
枉津日神 (まがつひのかみ)、
は、
マガは曲っていること、よくないこと。ツは助詞。ヒは霊力を示す。凶事を引き起こす神、
の意とある(精選版日本国語大辞典)。古事記には、
その禍を直さむとして、成れる神の名は、神直毘(かむなほび)神、次に大直毘神、次に伊豆能賣(いづのめの)神、次に水の底に滌(すす)ぐ時に、成れる神の名は、底津綿津見(そこつわたつみ)神、……
とある。
(「直」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%9B%B4より)
「直」(漢音チョク、呉音ジキ)は、
会意文字。原字は「丨(まっすぐ)+目」で、まっすぐ目を向けること、
とある(漢字源・https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%9B%B4)。別に、
会意。目と、十(とお。多い)と、乚(いん)(=隠。かくれる)とから成る。多くの目でかくれているものを見ることから、目でまっすぐに見る、ひいて、まっすぐ、「ただちに」の意を表す(角川新字源)、
象形文字です。「上におまじないの印の十をつけた目の象形」から「まっすぐ見つめる」、「まっすぐである」を意味する「直」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji373.html)、
と、会意文字説、象形文字説と別れるものの、会意文字説は、中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎)によるもので、
『説文解字』では「十」+「目」+「𠃊」から構成される会意文字と説明されているが、これは誤った分析である、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%9B%B4)。
「毘」(漢音ヒ、呉音ビ)は、
会意兼形声。「田+音符比(ならぶ、連なる)」、
とある(漢字源)が、他は、
形声。意符囟(しん)(ひよめき。田は変わった形)と、音符比(ヒ)とから成る。人のへその意を表す。借りて、たすける意に用いる(角川新字源)、
形声文字です(田(囟)+比)。「通気口」の象形と「人が二人並ぶ」象形(「並べて比べる」の意味だが、ここでは、「頻」に通じ(「頻」と同じ意味を持つようになって)、「しわを寄せる」の意味)から、しわのある通気口の形をした人体の「へそ」を意味する「毘」という漢字が成り立ちました。また、「比」に通じ、「助ける」の意味も表すようになりました(https://okjiten.jp/kanji2548.html)、
と、形声文字とする。
参考文献;
高田祐彦訳注『新版古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95