2024年09月05日

おほなほび


新しき年の始めにかくしこそ千歳(ちとせ)をかねて楽しきを積め(古今和歌集)、

の詞書に、

おほなほびの歌、

とある。この、

おほなほびの歌、

は、

大直日の神を祭る神事の歌、

とある(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)。

大直日の神、

は、

『古事記』によれば、禍を吉に転じる神、

とある(仝上)。

おほなほび(おおなおび)、

は、

大直毘、
大直日、

と当て(広辞苑・精選版日本国語大辞典)、

咎過(とがあやまち)在らむをば、神直び、大直備(おほなほび)に見直し開き直し坐(ましま)して(延喜式(927)祝詞)、

とあるように、

凶事を吉事に変える力、

また、

その力を持つ神、

つまり、

大直毘神(おおなおびのかみ)、

をいい、

その、

神の祭、

をもいい、

おおなおみ、

とも訛る。この大直毘神(おおなおびのかみ)を祭るときの歌を、

大直毘の歌(おおなおびのうた)、

といい、

木綿垂(ゆふし)での神が崎なる稲の穂めや稲の穂の諸穂(もろほ)に垂(し)でよこれちふもなし(琴歌譜(9C前)大直備歌)、

とある(精選版日本国語大辞典)。

なおび、

は、

直毘、
直日、

と当て、

直毘(ナホビ)とは禍(まが)を直したまふ御霊の謂なり(「古事記伝(1798)」)、

とあるように、

「なおび」の「なお」は、祓除によって清めること(精選版日本国語大辞典)、
物忌みから平常に復し、また凶事を吉事に転ずる意(広辞苑)、

とされ、

神事の物忌(ものいみ)から平常の生活に直ること、

の意、また、

その時の祝宴。直会(なおらい)、

をもいう(精選版日本国語大辞典)。なお、一説に、

直毘神(なおびのかみ)をまつる日、

の意もある(仝上)。因みに、

直会(なおらひ)、

は、

動詞直(なほ)るに反復・継続の接続詞ヒのついたナホラフの体言形(岩波古語辞典)、
ナオリアイの約。斎(いみ)が直って平常にかえる意(広辞苑)
ナホリアヒ(直合)の義(大言海)、
平常に直る意(日本語源=賀茂百樹)、
直毘の神の威力を生じさせる行事の意(上世日本の文学=折口信夫・金太郎誕生譚=高崎正秀)、

等々諸説あるが、

神事(異常なこと)が終わった後、平常に復するしるしにお供物を下げて飲食すること、またその神酒(岩波古語辞典)、
神事が終わって後、神酒、神饌をおろしていただく酒宴、またその神酒(広辞苑)、

という意味である。ついでながら、

なほ(直)る、

自体が、

険悪・異常な状態から元の平静・平常に戻る、

意である(岩波古語辞典)。

直毘(直日)神、

は、

罪悪・禍害を改め直す神、
穢れをはらう霊神、

とされるが、

伊邪那岐(いざなぎ)尊が筑紫の檍原(あわきはら)でみそぎをしたときに生まれた、大直毘神と神直毘神との二神をいう、

とされ(精選版日本国語大辞典)、そのときの、

「けがれ」を象徴し、凶事をひきおこす神、

は、「古事記」では、

八十禍津日(やそまがつひの)神、
大禍津日神、

の二神(ふたはしら)とされる(デジタル大辞泉)。

枉津日神 (まがつひのかみ)、

は、

マガは曲っていること、よくないこと。ツは助詞。ヒは霊力を示す。凶事を引き起こす神、

の意とある(精選版日本国語大辞典)。古事記には、

その禍を直さむとして、成れる神の名は、神直毘(かむなほび)神、次に大直毘神、次に伊豆能賣(いづのめの)神、次に水の底に滌(すす)ぐ時に、成れる神の名は、底津綿津見(そこつわたつみ)神、……

とある。

「直」.gif


「直」 甲骨文字・殷.png

(「直」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%9B%B4より)

「直」(漢音チョク、呉音ジキ)は、

会意文字。原字は「丨(まっすぐ)+目」で、まっすぐ目を向けること、

とある(漢字源・https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%9B%B4)。別に、

会意。目と、十(とお。多い)と、乚(いん)(=隠。かくれる)とから成る。多くの目でかくれているものを見ることから、目でまっすぐに見る、ひいて、まっすぐ、「ただちに」の意を表す(角川新字源)、

象形文字です。「上におまじないの印の十をつけた目の象形」から「まっすぐ見つめる」、「まっすぐである」を意味する「直」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji373.html

と、会意文字説、象形文字説と別れるものの、会意文字説は、中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎)によるもので、

『説文解字』では「十」+「目」+「𠃊」から構成される会意文字と説明されているが、これは誤った分析である、

とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%9B%B4

「毘」.gif

(「毘」 https://kakijun.jp/page/hi09200.htmlより)

「毘」(漢音ヒ、呉音ビ)は、

会意兼形声。「田+音符比(ならぶ、連なる)」、

とある(漢字源)が、他は、

形声。意符囟(しん)(ひよめき。田は変わった形)と、音符比(ヒ)とから成る。人のへその意を表す。借りて、たすける意に用いる(角川新字源)、

形声文字です(田(囟)+比)。「通気口」の象形と「人が二人並ぶ」象形(「並べて比べる」の意味だが、ここでは、「頻」に通じ(「頻」と同じ意味を持つようになって)、「しわを寄せる」の意味)から、しわのある通気口の形をした人体の「へそ」を意味する「毘」という漢字が成り立ちました。また、「比」に通じ、「助ける」の意味も表すようになりましたhttps://okjiten.jp/kanji2548.html

と、形声文字とする。

参考文献;
高田祐彦訳注『新版古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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