くれ(榑)


花咲かぬ朽木の杣(そま)の杣人のいかなるくれに思ひ出づらむ(新古今和歌集)、

の、

くれ、

は、

榑、

と当て、

皮付きの木材、また屋根を葺く板、

とある(久保田淳訳注『新古今和歌集』)。

朽木(くちき)の杣、

の、

朽木、

は、

近江国の枕詞、ここでは、自身の隠喩、

とあり(久保田淳訳注『新古今和歌集』)、

杣、

は、

材木をを伐り出す山、または、大きい建造物の用材を確保するために所有する山林、

をいう(広辞苑)が、ここでは、その、

杣山の木、

または、

杣山から伐り出した材木、

つまり、

そまぎ(杣木)、

をいう(仝上)。

くれ、

は、

榑と暮れの掛詞、

とある(久保田淳訳注『新古今和歌集』)。

榑、

は、

山出しの板材、

をいい、

買檜久礼一千二百八十枚(正倉院文書天平六年(734)五月一日・造仏所作物帳)、

とか、

水の面の間もなく筏(いかだ)をさして、多くのくれ、材木を持て運び(栄花物語)、

等々とあり、平安時代の貢納品、あるいは商品としての規格は、延暦一〇年(七九一)の「太政官符」に、

長さ一丈二尺(約三・六メートル)、幅六寸(約一八センチメートル)、厚さ四寸(約一二センチメートル)、

とし、

「吾妻鏡」は、

長さ八尺(約二・四メートル)、

としている(広辞苑・精選版日本国語大辞典)。この、

榑、

は、

くれ木と云ふが成語なるべし、即ち、黒木の転(黑(くろ)、皂皮(クリカハ)、皂革(クレカハ))、大嘗祭儀「正殿一宇、構以黒木」(大言海)、

とする(「皂」(ソウ)は、どんぐり・くぬぎなどの木の実、煮汁が黒い染料になるので、黒い、黒色)。他に、

クレウ(公料)の約という(類聚名物考)、
キシ(木斷)の義(和訓栞)、

等々の説もあるが、用例から見れば、

黒木、

なのではなかろうか。つまり、

杣山より伐り出したる皮ながらの材木、黒木。大小の丸木、丸太、

とある(大言海)。江戸後期の注釈書『箋注和名抄』には、

榑、久禮、

とあり、(延喜式の)内匠寮式には、

椙榑、大七十五材、

と載る。この用が転じて、

次の日、榑(クレ)や召すと云て、馬に付て来りける(「米沢本沙石集(1283)」)、

と、

木を剥ぎて薄板とし、板屋根を葺くもの、

つまり、

そぎ、
へぎいた、
こけら
くれぎ、

の意となり(大言海・精選版日本国語大辞典)、さらに転じて、

薪(たきぎ)、

の意となり、

丸太を四つ割にして、心材を取り去ったもの、

をいい、

断面は扇形となる。三方三寸、腹二寸四分というように定めている。地方により寸法を若干異にし、また六つ割、八つ割のこともある、

とある(仝上)。今日では、

丸太を製材して残った端の板、背板(せいた)、

を、

榑木、

という(仝上)。

「榑」.gif


「榑」(漢音フ、呉音ブ)は、

会意兼形声。「木+音符尃(フ・ハク 大きく広がる)」で、枝の広がった木、

とある(漢字源)。我が国では、

皮のついたままの丸木、

の意で使うが、

榑桑(フソウ)、

は、

扶桑、

とも当て、

太陽の出る所にあるといわれる神木、

をいう(仝上)。

参考文献;
久保田淳訳注『新古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
戸川芳郎監修『漢辞海』(三省堂)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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