2024年09月08日

野守の鏡


はし鷹の野守の鏡えてしかな思ひ思はずよそながら見む(新古今和歌集)、

の、

はし鷹、

は、小型の鷹、

はいたか、

とあり(久保田淳訳注『新古今和歌集』)、

えてしかな、

の、

かな、

は、

希望の終助詞、

で、

手に入れたいなあ、

という意になる。

野守の鏡、

は、

逸(そ)れた鷹を映した野中の溜まり水のこと、

とも、

人の心を映してみせる、

ともいわれる、

伝説の鏡、

とある(仝上)。平安末期の歌学書『袖中抄』(顕昭)に、

雄略天皇の鷹狩の時、逃げた鷹を野守が水鏡で見て発見したとある故事に基づく、

とあり(広辞苑)、

野中の水にもの影のうつるのを鏡にたとえて言う、

つまり、

水鏡、

の意と、特に、

普通に見えないものを見ることができる鏡、

として詠まれるとある(広辞苑)が、

野守の用ゐて、己れが姿を見る鏡となす、

意ともある(大言海)。

はしたか、

は、

鷂、

と当て、音韻変化して、

はいたか、

ともいうが、

タカ科の鳥、

雌雄で大きさや羽色を異にし、雌だけをハイタカ、雄をコノリということもある。雌は全長39センチくらい、雄は全長32センチくらいと、雄は雌より小さく、雄の背面は青灰色で、腹面は白色の地に黄赤褐色の細い横斑がある。雌の背面は褐色で、腹面は白地に暗褐色の横斑がある。つう森林に単独ですみ、小鳥や野ネズミを捕食、

とあり、

鷹狩、

に用いる(広辞苑・精選版日本国語大辞典)。

ハイタカ.jpg


野守、

は、

あかねさす紫野ゆき標野(しめの)ゆき野守は見ずや君が袖振る(額田王 万葉集)、

ともある、

野を守る人、

特に、

立入りを禁じられている野原、

つまり、

禁猟の野を守る番人、

をいい(広辞苑)・精選版日本国語大辞典、

鷹狩りの途中で逃げた鷹を野守がたまり水に映る影を見て発見した、

という故事から、普通、

野中の水に物影がうつるのを鏡にたとえていう語、

つまり、

水鏡、

の意とされる。書言字考節用集(江戸中期)には、

野守鏡、ノモリノカガミ、本朝俗、斥郊野清水云爾、事見八雲抄、袖中抄、

とある。

水鏡、

は、

池の面に影をさやかにうつしても水鏡見る女郎花(をみなへし)かな(西行)

と、

静かな水面に物の影が映って見えること、

また、

水面に自分の姿などをうつしてみること、

をいう(広辞苑)。

すいきょう、

とも訓ませるが、漢語で、

水鏡(スイキャウ)、

というと、漢語で、

衞瓘見廣而奇之曰、此人之水鏡、見之瑩然若披雲霧、而覩晴天也(晉書・樂廣傳)、

と、

水鏡之人、

といい、

人の師となるべき人、

の意で使う(字源)が、和語では、

すいきょう(水鏡)、

は、

水面に物の影が映って見える、

という、

みずかがみ、

の意の他に、

水がありのままに物の姿をうつすところから、

無心に物事を観察し、真実を理解すること、そういう人の模範となること、また、そういう人、

の意でも使い(広辞苑・精選版日本国語大辞典)、さらに、

団々水鏡空而仮、灼々空花亦不真(「性霊集(1079)」)、

と、

月の異称、

としても使う(仝上)。なお、謡曲「野守(古名「野守鏡(のもりのかがみ)」)」(世阿彌)では、

シテは鬼神。旅の山伏(ワキ)が大和の春日野に着くと、由(よし)ありげな池がある。来かかった野守の老人(前ジテ)に尋ねると、野守の鏡という名だと教える。それは、自分たちのような野守が鏡の代りにするからそう呼ばれるのだが、本当の野守の鏡は、昔、鬼が持っていた鏡で、その鬼は、昼は野守の姿となり、夜は鬼の姿となってここの塚に住んでいたのだという。山伏は、〈はし鷹の野守の鏡得てしがな……〉という古歌を思い出して質問する。老人は、それもこの水を詠んだもので、昔、帝の鷹狩りのおり、鷹の行方を見失って捜したとき、野守が水中に鷹の姿があることを教えた。それは木の上にいた鷹の影が水に写っていたもので、鷹の行方がわかって〈はし鷹の……〉の歌が詠まれたのだと物語り、塚の中に姿を消す。夜に入ると塚の中から鬼神(後ジテ)が現れ、天上界から地獄の底までを映し出す不思議な鏡を山伏に与え、大地を踏み破って去って行く、

と(世界大百科事典)、

いわれのありそうな水を野守の鏡ということ、



昔この野で御狩が行なわれた時、鷹が逃げたがこの水にその姿が映ったことからゆくえがわかったこと、

などを取り入れている(精選版日本国語大辞典)。

「鏡」.gif

(「鏡」 https://kakijun.jp/page/1915200.htmlより)

「鏡」(漢音ケイ、呉音キョウ)は、「ます鏡」で触れたように、

会意兼形声。竟は、楽章のさかいめ、区切り目を表わし、境の原字。鏡は「金+音符竟」。胴を磨いて明暗のさかいめをはっきり映し出すかがみ、

とある(漢字源)。ただ、他は、

形声。「金」+音符「竟 /*KANG/」。「かがみ」を意味する漢語{鏡 /*krangs/}を表す字、

https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%8F%A1

形声。金と、音符竟(ケイ、キヤウ)とから成る。かげや姿を映し出す「かがみ」の意を表す、

も(角川新字源)、

形声文字です(金+竟)。「金属の象形とすっぽり覆うさまを表した文字と土地の神を祭る為に柱状に固めた土の象形」(土中に含まれる「金属」の意味)と「取っ手のある刃物の象形と口の象形(「言う」の意味)の口の部分に1点加えた形(「音」の意味)と人の象形」(人が音楽をし終わるの意味だが、ここでは、「景(ケイ)」に通じ(同じ読みを持つ「景」と同じ意味を持つようになって)、「光」の意味)から、姿を映し出す「かがみ」を意味する「鏡」という漢字が成り立ちました、

https://okjiten.jp/kanji555.html、形声文字(意味を表す部分と音を表す部分を組み合わせて作られた文字)としている。

参考文献;
久保田淳訳注『新古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
簡野道明『字源』(角川書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 04:00| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
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