麻衣着(け)ればなつかし紀の国の妹背の山に麻蒔く吾妹(わぎも)(万葉集)、
の、
麻衣、
は、
喪服として用いた、
とある(岩波古語辞典)が、このことは、「藤衣」で触れた。また、
紀州の名産、
でもあった。
麻、
は、
大麻、
苧麻(からむし)、
黄麻、
亜麻、
などの総称(広辞苑)とあるが、現代では、
「大麻(ヘンプ)」「苧麻(ラミー)」「亜麻(リネン)」「黄麻(ジュート)」「洋麻(ケナフ)」、
等々、茎の繊維を取る植物の総称として使われている(https://hemps.jp/asa-hemp-taima/)とある。なかでも、
「大麻」と「苧麻(ちょま・ラミー)」、
は古代から日本で利用され、最も古い日本の「麻」の痕跡は、縄文時代の貝塚から見つかった「大麻」を使った縄(仝上)という。
麻(あさ)、
は、
植物表皮の内側にある柔繊維または、葉茎などから採取される繊維の総称、
であるが、
狭義の麻(大麻)、
と、
苧麻(からむし)、
の繊維は、
日本では広義に、
麻、
と呼ばれ、和装の麻織物(麻布)として古くから重宝されてきた。狭義の麻は、神道では重要な繊維であり様々な用途で使われる。麻袋、麻縄、麻紙などの原料ともなる。
狭義の「麻」、
大麻、
は、古語、
總(ふさ)、
といい(平安時代の『古語拾遺』)、
を(麻・苧)、
そ(麻)、
とも言った。
クワ科の一年草、
で、
春蒔きて、秋刈る。茎、方(カタ)にして、直(すぐ)に生ふること、七八尺に至る、葉の形、カヘデの葉に似て、長大にして対生す、茎の皮の繊維(すじ)を取りて、麻絲とし、其残茎は、アサガラ(一名ヲガラ)となる、
とあり(大言海)、
雄、雌あり、雄麻は、夏薄緑なる細かき花を生じて、實無し。一名サクラアサ。枲麻。雌麻は、花、緑にして細かき粒の如き子(み)を結ぶ。アサノミと云ひて、食用とす。一名、みあさ。苴麻、
とある(大言海)。和名類聚抄(931~38年)には、
麻、阿佐、
とある。漢語では、雄株を、
枲(シ)、
雌株を、
苴(ショ)・芓(シ)、
という(http://www.atomigunpofu.jp/ch4-vegitables/taima.htm)とある。「櫻麻」で触れたように、この名は、万葉集古義(江戸末期)に、
櫻麻は、櫻の咲く頃、蒔くものなる故に云ふ、と云へり、
とあり(大言海)、
麻の種は陰暦三月の頃に蒔く、
からだとし(仝上)、
雄麻(ヲアサ)の一名、
とした(仝上・精選版日本国語大辞典)。
(麻の繊維と、繊維を剥いた後に残る麻幹(おがら)。神道ではひも状の繊維のまま用いられることも多く、さらに裂いて紡ぐと麻糸となる https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BA%BB_%28%E7%B9%8A%E7%B6%AD%29より)
で、この、
麻、
の由来だが、
青麻(アヲソ)の約轉(つぼおる、つぼる。ひそめく、ひさめく)。木綿(ゆふ)にて作れるを、白和幣(シラニギテ)と云ひ、麻にて作れるを、青和幣(アヲニギテ)と云ふ(大言海)、
アは接頭語、サは麻の原語(日本古語大辞典=松岡静雄)、
アヲソ(青麻)の約轉(古今要覧稿・日本語源=賀茂百樹)、
浅の意。またはアヲサキ(青割)の転(和訓栞・言葉の根しらべの=鈴木潔子)、
アザナフの義(碩鼠漫筆)、
赤くして皮をさくことから赤物の義(和句解)、
アラサヤ(粗清)の意。アラの反ア、サヤの反サ(名言通)、
朝鮮語sam(麻)と同源か(岩波古語辞典)、
等々とあるが、古名、
そ(麻)、
を(麻・苧)、
とのかかわりが見えない。ただ、
青苧(あおそ)と書いた場合も苧麻を指し、これは上布のための良質な原料である、
とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BA%BB_%28%E7%B9%8A%E7%B6%AD%29)ので、材料からの視点と見えなくもないが、
青苧、
は、
青みを帯びているからいう、
らしく(大言海・広辞苑)、
からむし(苧麻(ちょま))の茎の皮から取り出し、灰汁(あく)だしし、白皮を晒して、細かく裂いたもの。奈良晒、越後布の原料、
で、
奈良苧、真苧(まを)、綱苧(つなそ)、
などという(広辞苑・岩波古語辞典)とあるので、あくまで、大麻ではなく、
からむし(苧・苧麻)、
のことだが、
を、
を、
「からむし(苧)」の異名、
とすることからも、
麻を(からむし)と呼んでいることもある、
という(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BA%BB_%28%E7%B9%8A%E7%B6%AD%29)ので、混交があるようだが、それにしても、古代は別に考えていたのではないか。ただ、大言海は、
麻と云ふ語は、即ち、アヲソの略転、
としているが。和名類聚抄(931~38年)に、
麻苧、乎(ヲ)、一云阿佐、
とある、
桜麻の苧(を)ふの下草露しあれば明かしてい行け母は知るとも(万葉集)、
の、
を(麻)、
の由来はどうか。
「緒」と同語源か(デジタル大辞泉)、
ヲ(麻・緒)は細い義から出た語(国語の語根とその分類=大島正健)、
ヲ(苧)はヲ(尾)の義、馬尾にたとえていう(名言通)、
と、
麻、苧の茎の皮の繊維で作った糸。緒にするもの、
とあり(精選版日本国語大辞典・日本語源大辞典)、
繊維を糸に作るウム(績)は、ヲをつくるということであろう。またヲ(尾)・ヲ(緒)もこの麻糸のヲと関係があると思われる(日本語源大辞典)、
オ(尾)・オ(緒)もこの麻糸のオに関係があると思われる(精選版日本国語大辞典)、
などとあるので、「麻」の用例から来たと見ているようである。
三輪山の山辺(ヤマヘ)真蘇(ソ)木綿(ユフ)短か木綿(ユフ)かくのみからに長くと思ひき(万葉集)、
の、
そ(麻)、
は、
「あかそ(赤麻)」「かみそ(紙麻)」「すがそ(菅麻)」「まそ(真麻)」「やまそ(山麻)」「打麻(うちそ)」「夏麻(なつそ)引く」、
等々複合語として残り(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)、
サヲの約、サは発語、ヲは即ちヲ(麻)なりと云ふ、
とあり(岩波古語辞典)、
を、
と繋がり、用例としての、
緒、
ともつながる。しかし、
苧(お)、
と言う時、単に麻や苧麻のひも状の繊維、
を指す(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BA%BB_%28%E7%B9%8A%E7%B6%AD%29)とあり、
苧麻の苧(お)を作ることを、苧引き(おひき)と呼び、成長が遅れ短くなった原料とするにつれ順に、親苧(おやそ)、影苧(かげそ)、子供苧(こどもそ)と呼ぶ。麻の苧(あさお)を作ることを、麻ひき(おひき)という(しかし、苧引と書くこともあるかもしれない)、
とある(仝上)ので、素材としての「麻」とは区別していた可能性がある。しかし、現状では、
「あさ」「お(を)」「そ」の間の関係は明確ではない、
というのが正確かもしれない。
(カラムシ 日本大百科全書より)
さて、広義の、
麻、
に含まれる、
からむし、
は、
詔して、天の下をして桑、紵(カラムシ)、梨、栗、蕪菁(あをな)等の草木を勧め殖ゑ令む(日本書紀)、
と、
苧、
枲、
紵、
などと当て、
イラクサ科の多年草。本州、四国、九州の原野に生え、畑にも栽培される。茎はやや木質化し、高さ一~一・五メートル。茎、葉柄ともに白色の短毛を密生する。葉は互生し長さ八~一五センチメートルの広卵形で先端がとがり縁に鈍い歯牙がある。夏から秋にかけ、葉腋(ようえき)に淡緑色の単性花をまばらにつける。雌雄同株。茎から繊維(青苧(あをそ))をとる、
とあり(精選版日本国語大辞典・広辞苑)、
其茎を水に浸し、蓆にて覆ひて蒸し、皮を製して、越後縮、越後上布、薩摩上布、奈良晒などの布を織る、
とある(大言海)。一名、
からを、
けむし、
真麻(まを)、
シラソ、
むし(苧)、
などという。天治字鏡(平安中期)には、
枲、加良牟志、
同じく、
枲、加良乎、
和名類聚抄(931~38年)には、
苧、麻屬、白而細者也、加良无之、
同じく、
枲、介牟之、
とある。この由来は、
茎蒸(からむし)の義、カラヲと云ふも、茎麻(からを)にて、ケムシと云ふは、カラムシの約轉(高市(たかいち)、たけち。長押(ながおし)、なげし)(大言海)、
ムシは朝鮮語mosi(苧)の転か、あるいはアイヌ語mose(蕁麻)の転か(広辞苑)、
繊維をとるのに、幹(から)すなわち茎を水に浸した後、むしろをかけて蒸すところから(和漢三才図絵・名言通)、
カラは唐で、舶来の改良したものの意。ムシは朝鮮語mosiあるいはアイヌ語moseから(国語学論考=金田一京助)、
と、こちらは製造プロセスから来たもののようである。しかし、上述したように、
大麻とからむし、
からむしと麻、
は、
名称が混交して麻をからむしと呼んでいることもある。宮城県の町誌で、からむしを蒸すと記されている。しかし本来蒸すのは麻。そのため「からむし」を名に含む店舗の高齢者を訪ねると、種を撒く・蒸すなど麻の特徴を語ったため、その地区では麻をからむしと呼んでいたとされる、
等々(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BA%BB_%28%E7%B9%8A%E7%B6%AD%29)、後世は、混乱が見られるが、上代迄そうだったというのは考えられない。厳密な区別がされていたのではあるまいか。
(「麻」 金文・西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%BA%BBより)
「麻」(漢音バ、呉音メ、唐音マ)は、
会意文字。「广(やね)+𣏟(麻の茎を二本並べて、繊維をはぎ取るさま)」。あさの茎をみずにつけてふやかし、こすって繊維をはぎとり、さらにこすってしなやかにする、
とあり(漢字源)、大麻の一種で、雌雄異株で、雄株を枲又牡麻、雌株を苴麻又小麻というとある(字源)。別に、
会意。广(げん)(いえ)と、𣏟(はい)(あさ)とから成り、屋下であさの繊維をはぎとる、ひいて「あさ」の意を表す(角川新字源)、
ともあるが、これらは、中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎)に基づくもので、
『説文解字』では「广」+「𣏟」と説明されているが、これは誤った分析である。金文の形を見ればわかるように「广」とは関係がない、
とあり(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%BA%BB)、
形声。「厂」(「石」の原字)+音符「𣏟 /*MAJ/」。「砥石」を意味する漢語{磨 /*maajs/}を表す字。のち仮借して「あさ」を意味する漢語{麻 /*mraaj/}に用いる、
としている(仝上)。なお、
麻は雌体、枲は雄体、
を意味するともある(漢辞海)。
「苧」(漢音チョ、呉音ジョ)は、「倭文の苧環」で触れたように、
会意兼形声。「艸+音符竚(チョ じっとたつ)の略体」、
とある(漢字源)。麻の一種の「からむし」である。
「枲」(シ)は、
形声。「木+音符台」、
とあり(漢字源)、
あさの一種、大麻の雄株、実がをつけない、
とある(仝上)。
参考文献;
久保田淳訳注『新古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95