九重にあらで八重咲く山吹のいはぬ色をば知る人もなし(新古今和歌集)、
の、
いはぬ色、
は、
山吹の花色衣(はないろごろも)ぬしや誰(たれ)問へど答へずくちなしにして(古今和歌集)、
とも詠われ、
梔(くちなし)と口無しをかける。山吹色に染めるには、梔をもちいた、
とある(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)。
言わぬ色、
は、
梔(くちなし)の実の色を口無しにかけて言うものだが、この由来は、源俊頼の歌論書『俊頼脳髄』(1112年頃)にある、
道信の中将の、山吹の花を持ちて、上〔うへ〕の御局〔みつぼね〕といへる所を過ぎけるに、女房たちあまた居〔ゐ〕こぼれて、「さるめでたきものを持ちて、ただに過ぐるやうやある」と、言ひ掛けたりければ、もとよりやまうけたりけむ、
くちなしにちしほやちしほ染めてけり、
と言ひて、差し入れりければ、若き人々、え取らざりければ、奥に伊勢大輔〔いせのたいふ〕が候〔さぶら〕ひけるを、「あれ取れ」と宮の仰せられければ、受け給ひて、一間〔ひとま〕がほどをゐざり出〔い〕でけるに、思ひよりて、
こはえも言はぬ花の色かな、
とこそ、付けたりけれ。これを上、聞し召して、「大輔なからましかば、恥がましかりけることかな」とぞ、仰せられける、
という、
くちなしに千入(ちしほ)八千入(やちしほ)そめて(藤原道信)
こはえもいはぬ花の色かな(伊勢大輔)
の連歌から、
山吹のくちなし色、
を、
口無し色、
言わぬ色、
というようになったようである。
梔子色、
は、
梔子(くちなし)染、
支子(くちなし)染、
の色を指し、
布帛を、クチナシの実にて染たるもの、色、黄なり、
とある(大言海)が、
赤みを帯びた濃い黄色、
である(岩波古語辞典)。厳密には、
クチナシで染めた黄色に、ベニバナの赤をわずかに重ね染めした色を指し、クチナシのみで染めた色自体は黄支子(きくちなし)と呼んで区別された、
とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A2%94%E5%AD%90%E8%89%B2)。別名が、「口無し」にかけて、
謂はぬ色、
である。
(梔子色・染め上がり デジタル大辞泉より)
クチナシ、
は、
梔子、
巵子、
山梔子、
等々とも当て(広辞苑)、漢名は、
梔子(シシ)、
で、これを当てた。
「梔」(シ)は、「クチナシ」で触れたように、
会意兼形声。「木+音符巵(シ 水をつぐ器)」。くちなしの実が、水をつぐ器に似ていることから」
とある(漢字源)。「巵(卮)」(シ)が当てられるのは、「巵」が、盃の意だからであろうか、あるいは、「シ」という同音のせいだろうか。たべもの語源辞典は、
巵は酒を入れる器である。果実の形が巵に似ていることから、巵子あるいは梔(シ)という、
とする。
「クチナシ」は、別名、
木丹(ボクタン)、
とも言う。本草綱目に、
梔子、一名木丹、
とある(字源)。
熟した果実を採取し、天日または陰干しで乾燥処理したものは、生薬として、
山梔子(サンシシ)、
と称され、漢方では、
消炎、利尿、止血、鎮静、鎮痙(痙攣を鎮める)の目的で処方に配剤されるが、単独で用いられることはない、
とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%81%E3%83%8A%E3%82%B7)。
「クチナシ」の語原は、大勢、
口無の義、實、熟すれども、開かず、
とされる(大言海)。和歌では、
山吹の花色衣(はないろごろも)主(ぬし)や誰(たれ)問へど答へずくちなしにして(古今和歌集)、
というように、「口無し」にかけて言うことが多いこと、また、
クリ・シイ・ザクロ・ツバキなど、からがあってその内に種子を包むものは、熟するとかならず口を開くものであるが、このクチナシだけが、熟しても口を開かない。熟しても口がないのは実に珍しいのでクチナシと称した、
という(たべもの語源辞典)ことから、
口無し、
説が妥当なのだろう。和歌では、
口無し、
に、
梔子、
梔子色
にかけ、
これが、
いはぬ色、
につながる。
参考文献;
久保田淳訳注『新古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95