さみだれは真屋(まや)の軒端の雨(あま)そそきあまりなるまで濡るる袖かな(新古今和歌集)、
の、
真屋、
は、
切妻造りの家、
とある(久保田淳訳注『新古今和歌集』)。
真屋、
は、
両下、
とも当て(広辞苑・岩波古語辞典)、
ま、
は、
両方、
や、
は、
屋根、
の意(広辞苑)、
棟の前後二方へ葺き下ろしにした家の作り、
で、
両下げ、
ともいう(仝上)。和名類聚抄(931~38年)に、
両下 唐令云、門舎三品已上五架三門、五品以上三門両下、瓣色立成云、両下、和名萬夜、
天治字鏡(平安中期)に、
両下、真屋、
とあり、『梁塵愚案抄』(一条兼良 1455年)に、
兩下(マヤ)は、臺屋(對屋(タイノヤ))作りの両方に、雨水の落つるを云ふ、
とある。
切妻造(きりづまづくり)、
のことである。
真屋、
の由来は、
「ま」は両方、「や」は「屋根」の意とする、
説(広辞苑)以外に、
神社建築がすべて切妻造りであるところからも、仏教建築渡来以前は切妻造りが上等な建物に用いられたため、「真(ま)」の意とする、
つまり、奈良時代には、
切妻造を真屋(まや)と呼び、寄棟造や入母屋造を東屋(あずまや)と呼んだ。真屋は〈ほんとうの〉という〈真〉であり、〈東〉は〈いなかの〉という意味で、真屋の方が言葉としては高い程度のものを意味していた、
とする説(精選版日本国語大辞典・世界大百科事典)、
真手(まて)の真、物二つ備わりたる意を云ふに同じ、
とする説(大言海)などがある。江戸後期の『和訓栞』には、
まや 和名杪に両下をよめり、両方へ簷(のき)をおろしたる対屋造をいふ、祝詞式に書る真屋の義なるべし、四阿(あづまや)に対しいへり、よてあづまやのまやのあまりとも重ね詞によめり、あまりはのきをいふ也、一説に、細流に、まやは本屋也と見ゆ、もやと同じともいへり、式神賀辞に伊豆能真屋といふは、斎屋なれば、厳にいへり、真は褒たる辞也、
とある(https://verdure.tyanoyu.net/cyasitu010101.html)。
真屋、
つまり、
切妻造、
は、
切棟、
ともいうが、
四阿(あづまや)の作りに対す、
とある(大言海)。
妻、
は、
端(つま)、
の意味で、屋根の妻(端)を切った形というところからきている(https://verdure.tyanoyu.net/cyasitu010101.html)。江戸後期の『類聚名物考』には、
つま 軒のつま あつまや 爪 端(義訓) 妻(俗字)。これは端と云ふに同し意あり、もとは爪なり、漢書王莽傳に云ふ。……(前漢書九十九王莽傳下)或言、黄帝時建華蓋、以登僊、莽乃造華蓋、九重高八丈一尺、金瑵葆羽、載以祕機、四輪車駕、六馬云々。注、師古曰瑵讀曰爪、謂蓋弓頭為爪形。今思ふに、つまに端と書は義訓也、妻は借字也、爪を正とすべし、すべてつまとは、家の宇(のき)の下にさしくだしたる端をいへり、四阿をあづまやと訓るは、四方みな軒をおろして爪あれば也、今俗に云宝形造り也、その爪を切取たる方を切爪といふ、破風の方をいふ也、さてつまとは、軒の方は垂木のさし出て有が、人の指を延て、爪のそろひたる様に似たればいふ也、今堂塔などに、扇垂木といふ物有は、まさしく傘の骨に似たり、これ王莽が伝に見えし蓋の制より出たり、
とある(仝上)。「つま」で触れたように、「つま」は、
妻、
夫、
端、
褄、
爪、
などと当てるが、「つま(端)」につながることと符合する気がする。
四阿、
は、
東屋、
とも当てるが、この、
四阿、
の、
阿、
は中国語では棟の意で、四阿は四方に棟のある建物、すなわち、
宝形造、
や、
寄棟造、
の建物をさす。日本古代でも四阿はそのような意味で使われ、切妻造の建物、すなわち真屋(まや)に対する言葉であった。この場合、
真屋、
には、
真正の家屋、
あずまや、
には、
へんぴな地の家屋、
という意味が含まれている(世界大百科事典)とあるが、これはあくまで、
神社建築に見られるような切妻造を高級視する、
という価値観に基づくものとある(仝上)ので、「真屋」の由来とはつながらないだろう。
(「眞(真)」 https://kakijun.jp/page/shin10200.htmlより)
「眞(真)」(シン)は、「真如」で触れたように、
会意文字。「匕(さじ)+鼎(かなえ)」で、匙(さじ)で容器に物をみたすさまを示す。充填の填(欠け目なくいっぱいつめる)の原字。実はその語尾が入声に転じたことば、
とあり(漢字源)、
会意。匕(ひ)(さじ)と、鼎(てい)(かなえ)とから成り、さじでかなえに物をつめる意を表す。「塡(テン)」の原字。借りて、「まこと」の意に用いる(角川新字源)、
会意文字です(匕+鼎)。「さじ」の象形と「鼎(かなえ)-中国の土器」の象形から鼎に物を詰め、その中身が一杯になって「ほんもの・まこと」を意味する「真」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji505.html)、
等々と同趣旨が大勢だが、
形声。当初の字体は「𧴦」で、「貝」+音符「𠂈 /*TIN/」。「𧴦」にさらに音符「丁 /*TENG/」と羨符(意味を持たない装飾的な筆画)「八」を加えて「眞(真)」の字体となる。もと「めずらしい」を意味する漢語{珍 /*trin/}を表す字。のち仮借して「まこと」「本当」を意味する漢語{真 /*tin/}に用いる、
とあり(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%9C%9F)、
甲骨文字や金文にある「匕」(さじ)+「鼎」からなる字と混同されることがあるが、この文字は「煮」の異体字で「真」とは別字である。「真」は「匕」とも「鼎」とも関係がない、
とある(仝上)。
「屋」(オク)は、「壺屋」で触れたように、
会意文字。「おおってたれた布+至(いきづまり)」で、上から覆い隠して、出入りをとめた意をあらわす。至は室(いきづまりの部屋)・窒(ふさぐ)と同類の意味を含む。この尸印は尸(シ)ではない。覆い隠す屋根、屋根でおおった家のこと、
とある(漢字源)が、この説明ではよく分からない。ただ、別に、
形声。「室」+音符「𡉉 /*ɁOK/」、「尸」は「𡉉」の変化形で「しかばね」とは関係がない、「やね」を意味する漢語{屋 /*ʔook/}を表す字、
とあり(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%B1%8B)、また、
会意。尸(居の省略形。すまい)と、至(矢がとどく所)とから成る。居住する場所を求めて矢を放つことから、住居の意を表す、
とも(角川新字源)、
会意文字です(尸+至)。「屋根」の象形(「家屋」の意味)と「矢が地面に突き刺さった」象形(「至(いた)る」の意味)から、人がいたる「いえ・すみか」を意味する「屋」という漢字が成り立ちました、
ともあり(https://okjiten.jp/kanji464.html)、「尸」が、「しかばね」とは別の、「屋根」を表す字であることは共通している。
参考文献;
久保田淳訳注『新古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
ラベル:真屋 切妻造(きりづまづくり)