しもとゆふ葛城山に降る雪の間なく時なく思ほゆるかな(古今和歌集)、
の、
しもと、
は、
細長い枝、
の意、
しもとを結ふ葛、
という連想で、葛城山にかかる枕詞、
とある(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)。
しもと、
は、
むち、
で触れたように、
葼、
楉、
細枝、
と当て、
枝の茂った若い木立、木の若枝の細長く伸びたもの、
をさし(大言海・広辞苑)、
すはゑ(すわえ)、
ともいう(仝上)。元来は、
小枝のない若い枝を言った、
とある(佐藤謙三校注『今昔物語集』)。
灌木などの生ひのびて、枝の茂れるもの、
とあり、
茂木(しげもと)の略、本は木なり、真っ直ぐに叢生す、木立の意、
ともある(大言海)。和名類聚抄(平安中期)には、
葼、之毛止、木細枝也、
字鏡(平安後期頃)には、
葼、志毛止、
とある(大言海)。これは、
茂木(しげもと)の略、本は木なり、真っ直ぐに叢生する木立の意(大言海・万葉考・雅言考・和訓栞)、
シモト(枝本)の義(柴門和語類集)、
数多く枝分かれした義のシマと枝の義のモトから(続上代特殊仮名音義=森重敏)、
等々の説があるが、どうもしっくりしない。
小枝のない若い枝を言った、
枝本、
を音読みした「シモト」ではないかと、憶測してみる。「しもと」と同義の、
すはゑ、
は、
ずはえ、
すわえ、
すはえ、
ともいい、
「すはえ」、「すばい」の表記もあるが、平安初期の写本である興福寺本霊異記に「須波惠(すはゑ)」とあるから、古い仮名遣いは「すはゑ」と認められる、
とある(岩波古語辞典)。
木の枝や幹などから真っ直ぐに細く伸びた若枝、
の意で、
楚、
杪、
條、
気條、
等々とも当てる(広辞苑・大言海)。字鏡(平安後期頃)、天治字鏡(平安中期)に、
須波江、
類聚名義抄(11~12世紀)に、
楉、シモト、スハエ、
楚、スハヘ、
色葉字類抄(1177~81)に、
楉、楚、シモト、スハエ(楉は若木の合字)、
和名類聚抄(931~38年)には、
魚條、楚割、須波夜利(すはゑやりの約 楚(すはゑ)と割(わり)との約、魚肉を細く割り潮に附けて乾してすはゑのごとくしたもの)、
葼、之毛止、木細枝也、
字鏡(平安後期頃)に、
楉、志毛止、
等々とあり、
すくすく生えたるものの意、條は、小枝なり、
とある(大言海)ので、
しもと、
と同義である。この由来は、
スクスクト-ハエタル(生)モノの意(大言海)、
スハエ(進生)の義(言元梯)、
スハエ(末枝)の意(日本釈名・玉勝間)、
直生の義(和訓栞)、
直生枝の急呼(箋注和名抄)、
スグスヱエ(直末枝)の義(日本語原学=林甕臣)、
等々あるが、これも、どうもすっきりしない。
素生え、
なのではないか、と憶測してみた。
しもと、
すはゑ、
は、
木の枝や幹などから真っ直ぐに細く伸びた若枝、
から作るところから、
むち、
の意に転じる(岩波古語辞典・大言海)。和名類聚抄(平安中期)に、
笞、之毛度、
養老律令の獄令(ごくりょう)には、
笞杖、大頭三分、小頭二分、杖、削去節目、長三尺五寸、
とある(大言海)。
しもと、
と同義の、
すはゑ、
も同じく、
細い枝、
の意から、それを用いる、
むち、
の意に転ずる。
笞 ほそきすはゑ、
杖 ふときすはゑ、
とある(日本書紀)。
むち、
は、
鞭、
笞、
撻、
策、
等々と当てる(広辞苑)。
馬のむち、
の意もあるが、
罪人を打つむち、
の意もある(仝上)。
ブチとも云ふ、
とあり(大言海)、
打(うち)に通ず、
とある(仝上・日本語源広辞典)。或いは、
馬打(うまうち)の約、
ともある(大言海・言元梯)。
馬を打つところから、ウチの転(日本釈名・貞丈雑記)、
ウツの転(和語私臆鈔・国語の語根とその分類=大島正健)、
ムマウチの約(名語記)、
も同趣旨と思う。和名類聚抄(931~38年)に、
鞭、無知、
字鏡(平安後期頃)に、
鞭、策、……不知、
などもあり、
ウブチ→ブチ→ムチと変化(山口佳紀・古代日本語文法の成立の研究)、
とする説もあるが、馬にしろ、罪人にしろ、
打つ、
ところから来たものと思われる。ところで、「むち」に当てる、
笞
は、「むち」ではなく、漢音の、
ち、
と訓むと、
律の五刑のうち、最も軽い刑、
を指す。
楚、
とも当て、
木の小枝で尻を打つ刑で、10から50まで、10をもって1等に数え、5等級とした。明治初年の刑法典である『仮刑律』『新律綱領』においても正刑の一つとして採用された。しかし明治5 (1872) 年それに代り懲役刑が行われることとなった、
とある(ブリタニカ国際大百科事典)。五刑とは、
五罪、
ともいい、罪人に対する五つの刑罰で、
古代中国では墨(いれずみ)、劓(はなきり)、剕(あしきり)、宮(男子の去勢、女子の陰部の縫合)、大辟(くびきり)をさす。隋・唐の時代には、笞(ち むちで打つこと)、杖(じょう つえで打つこと)、徒(ず 懲役)、流(る 遠方へ追放すること)、死(死刑)の五つをいう。日本では、大宝・養老律以後この隋・唐の方式がとられ、近世まで行なわれていた、
とされる(精選版日本国語大辞典)。
なお、「しもと」が「笞」の意であるところから、
老いはてて雪の山をば戴けどしもと見るにぞ実は冷えにける(拾遺和歌集)、
と、「霜と」と「しもと(笞)」を懸け、
「大隅守さくらじまの忠信が国にはべりける時、郡のつかさに頭の白き翁の侍りけるを召しかんがへむとし侍りにける時翁の詠み侍りける」とあり、それが上記の歌で、註に、「この歌により許され侍りにける」とある。似た歌が、宇治拾遺物語にあり、やはり罪人が、
としをへてかしらの雪はつもれどもしもとみるにぞ身はひえにけり、
と詠んで、「ゆるしけり」とある(中島悦次校注『宇治拾遺物語』)。
「楉」(漢音ジャク、呉音ニャク)は、
形声。「木+音符若」
とあり(漢字源)、
ざくろ、
の意である。
楉榴(ジャクリュウ)、
とは、
ざくろの木、
である(仝上)。我が国では、
しもと、
と訓ませ、
樹木の細長く伸びた小枝。また、枝の茂った若い立木、
をさし、
すらわえ、
と訓ませ、
樹木の細長く伸びた小枝、
の意、転じて、
刑罰に用いた木の鞭、
の意で使う(https://kanji.jitenon.jp/kanjiy/12140.html)。
「葼」(漢音ソウ、呉音ス)は、
会意兼形声。「艸+旁は細長く縦に通る意を持つ音符」
とあり(漢字源)、
木の細長い枝、
の意である(仝上)。
樹木の細長く伸びた小枝。また、枝の茂った若い立木、
ともある(https://kanji.jitenon.jp/kanjit/9563.html)。
「笞」(チ)は、「むち」で触れたように、
会意兼形声。「竹+音符台(ためる、人工を加える)」
とあり(漢字源)、「笞杖」「笞刑」等々と使うが、竹で作った細い棒である。
(「楚」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%A5%9Aより)
「楚」(漢音ソ、呉音ショ)は、「むち」で触れたように、
会意兼形声。「木二つ+音符疋(一本ずつ離れた足)」。ばらばらに離れた柴や木の枝、
とある(漢字源)が、
「会意形声文字」と解釈する説、
は、
根拠のない憶測に基づく誤った分析である、
とあり(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%A5%9A)、
形声。「林」+音符「疋 /*SA/」、
とする(仝上)。同じく、
形声。意符林(ならびはえる)と、音符疋(シヨ)とから成る。「いばら」の意を表す、
とも(角川新字源)、
形声文字です(林+疋)。「木が並び立つ」象形(「林」の意味)と「人の胴体の象形と立ち止まる足の象形」(「あし(人や動物のあし)」の意味)だが、ここでは「酢(ソ)」に通じ(同じ読みを持つ「酢」と同じ意味を持つようになって)、「刺激が強い」の意味)から、「群がって生えた刺激が強い、ばら」を意味する「楚」という漢字が成り立ちました、
とも(https://okjiten.jp/kanji2520.html)ある。「一本ずつばらばらになった柴」や「いばら」の意である。
参考文献;
高田祐彦訳注『新版古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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