天つ乙女


久方の天つ乙女が夏衣くもゐにさらす布引の滝(有家朝臣)、

の、

天つ乙女、

は、

天女、

である(久保田淳訳注『新古今和歌集』)。

天つ乙女(あまつをとめ)、

には、

天上に住むという少女、

つまり、

天女、

の意(広辞苑)の他に、

天つ風雲の通ひ路吹き閉ぢよをとめの姿しばしとどめむ(良岑宗貞(僧正遍照))

の、詞書に、

五節の舞姫をみてよめる、

とあり、

をとめ、

で、

五節の舞姫を天女に見立てており(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)、

五節(ごせち)の舞姫、

を、天女になぞらえても使う(広辞苑)。「五節の舞姫」については「五節の舞」で触れた。

天つ乙女、

は、

天津乙女、

と当て(大言海)、

天少女(あまをとめ)、
天乙女(あまをとめ)、

とも、

天人、
天女、

ともいう(広辞苑・精選版日本国語大辞典)。

天霧る

で触れたように、

あま(天)、

は、

あまつおとめの(天つ少女)、
あまつえだ(天つ枝)、
あまつかぜ(天つ風)、
あまついわさか(天つ磐境)、
あまつかみ(天つ神)、
あまつかみのみこ(天つ神の御子)、
あまつくもい(天つ雲居)、
あまつそら(天つ空)、
あまつのりと(天つ祝詞)、
あまつひつぎ(天つ日嗣)、
あまつひもろき(天つ神籬)、
あまつみや(天つ宮)、

等々様々に使われるが、

「あめ(天)」に同じ。多く助詞「つ」あるいは「の」を介して他の語を修飾し、また直接複合語をつくるときの形、

で(大辞林)、

あまつ、

の、

あま、

は、

あめ、

が、

熟語に冠したる時の音転なり、爪(つめ)、爪(つま)先。目(メ)、まぶた(蓋)。雨(アメ)、雨(あま)雲、雨(あま)水、

と(大言海)、

あめ(天)の母音交替形、

で、

アカ(赤・明)からアケ(朱・明)が派生するように、ア段で終わる語根に母音iが下接して、エ段音(乙類)になった形が名詞・動詞連用形などに転じることが少なくないが、それに準じればアマがアメの原形あると考えてよい、

と(日本語源大辞典)、

アメの古形、

ということになる(広辞苑)。

ツは、

ツは上代の助詞、

で(大辞泉)、

天の、
天にある、

の意となり(大辞林)、「あま」は、

あをによし奈良の都にたなびけるあまの白雲見れど飽かぬかも(万葉集)、

と、

そら、
てん、

の意で(広辞苑)、

天雲、
天人(あまびと)、
天降(くだ)る、
天霧(ぎ)る、

等々、

天に関する事物、また、高天原(たかまがはら)に関する事物に冠して用いる、

とあり(日本国語大辞典)、

アマは何もないという意のソラ(空)とは異なり、奈良時代及びそれ以前には、天上にある一つの世界の意。天上で生活を営んでいると信じられた神々の住むところを指した。天皇家の祖先はアマから降下してきたと建国の神話にあり、万葉集などにも歌われている。それでアマは、天上・宮廷・天空に関する語に付けて使う、

というもので(岩波古語辞典)、

あま、

の古形、

あめ(天)、

は、

天つ神の住む天上の世界、

なので、古くは、

地上の「くに」の対、

後に、アメが天界の意から単なる空の意に解されるに至って、

「つち」の対、

となる(仝上)。

をとめ

は、古くは、

をとこの対、

で(岩波古語辞典)、

少女、
乙女、

と当てる(広辞苑・大言海)。和名類聚鈔(平安中期)は、

少女、乎止米、

類聚名義抄(るいじゅみょうぎしょう 11~12世紀)は、

少女、ヲトメ、

としている。

「ひこ(彦)」「ひめ(姫)」などと同様、「こ」「め」を男女の対立を示す形態素として、「をとこ」に対する語として成立した、

もので(精選版日本国語大辞典)、

ヲトは、ヲツ(変若)・ヲチ(復)と同根、若い生命力が活動すること。メは女。上代では結婚期にある少女。特に宮廷に奉仕する若い官女の意に使われ、平安時代以後は女性一般の名は「をんな(女)」に譲り、ヲトメは(五節の)舞姫の意、

とある(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)。

風のむた(牟多 共)寄せ來る波に漁(いさり)する海人(あま)のをとめが裳の裾濡れぬ(万葉集)、

と、

少女、

の意から、

藤原の大宮仕へ生れつがむをとめがともは羨(とも)しきろかも(万葉集)、

宮廷につかえる若い官女、

の意でも、

(五節の舞姫を見て詠める)あまつ風雲のかよひぢ吹きとぢよをとめの姿しばととどめむ(古今集)、

と、

舞姫、

の意でも使われる。

「乙」.gif

(「乙」 https://kakijun.jp/page/0102200.htmlより)

「乙」(漢音イツ、呉音オツ・オチ)は、「をとめ」で触れたように、

指事。つかえ曲がって止まることを示す。軋(アツ 車輪で上から下へ押さえる)や吃(キツ 息がつまる)などに音符として含まれる、

とある(漢字源)が、別に、

象形。草木が曲がりくねって芽生えるさまにかたどる。借りて、十干(じつかん)の第二位に用いる、

ともあり(角川新字源)、さらに、

指事。ものがつかえて進まないさま(藤堂)。象形:へらとして用いた獣の骨を象る(白川)。十干に用いられるうち、原義が忘れられた、

ともあるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E4%B9%99

参考文献;
久保田淳訳注『新古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
高田祐彦訳注『新版古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

この記事へのコメント