かづら
梅の花咲きたる園の青柳(あをやぎ)は可豆良(カヅラ)にすべくなりにけらずや(万葉集)、
の、
かづら、
は、
鬘、
と当て、
蔓草で作った髪飾り、
をいい、
蔓草や羽などを輪にして作った、
とある(岩波古語辞典)。万葉集時代は、
柳(と梅)・菖蒲(と花橘)さ百合などを用いた(仝上)、
青柳、アヤメ、ユリ、藻草、稲穂などの種々の植物を、髪の飾りとした(精選版日本国語大辞典)、
などとある(仝上)。平安時代前期の歴史書『古語拾遺』には、
以眞辟葛(マサキカヅラ)為鬘、
とある。後の、
髻華(うず)、挿頭花(かざし)も、是の移りたるなり、
とある(大言海)が、
「うず」や「かざし」が枝のまま髪に突きさした、
のに対し、「かづら」は、
髪に結んだり、巻きつけたり、からませたりして用いた。元来は、植物の生命力を身に移そうとした、感染呪術に基づく、
とあり(精選版日本国語大辞典)、上代には男女ともに結髪をしていたが、
初めは頭髪を蔓草や布帛(ふはく)などで結んだものが自然に装飾視されるようになり、頭飾の一種となったものであろう。この点で挿頭(かざし)などと出発点を異にしている、
ともある(世界大百科事典)。
上代のかづらには、
まさきかづら、
木綿(ゆう)かづら、
などが見えるが、のちには、
蔓草や植物繊維にかぎらず、季節の花葉果実をひもに連ねてかづらとした、
が、男子が一般に冠帽をかぶるようになっても、この風習が遊宴や神事のときに残り、万葉集に、
梅の花咲きたる苑(にわ)の青柳は蘰(かずら)にすべくなりにけらずや、
あしびきの山下日蔭かづらける上にやさらに梅をしのばむ、
などとある(仝上)。で、
ひかげのかずら、
や
ゆうかずら、
は、大嘗祭(だいじようさい)には冠の巾子(こじ)から細いあげ巻の組ひもを結びたれ、これを〈ひかげの糸〉ともいい、木綿かずらも、大和舞の舞人などが冠に紙の幣をつけることになごりをとどめた(仝上)とある。「さがりごけ」で触れたように、
ヒカゲノカズラ、
は、
践祚の大嘗祭、凡そ斎服には……親王以下女孺(にょじゅ、めのわらわ 下級女官)以上、皆蘿葛(延喜式)、
と、
新嘗(にいなめ)祭・大嘗(だいじょう)祭などの神事に、物忌のしるしとして冠の笄(こうがい)の左右に結んで垂れた青色または白色の組糸、
を呼ぶ(岩波古語辞典・広辞苑)のは、もと、
植物のヒカゲノカズラを用いたための称、
とある(仝上)。なお、
髻華(うず)、
挿頭(かざし)、
については、「かざし」で触れた。
玉かづら、
で触れたことだが、
かづら、
に、
ヒカゲノカズラ、
ヘクソカズラ、
ビナンカズラ、
等々の特定の植物をさすとする説もある(精選版日本国語大辞典仝上)。また、
山かづら、
は、
ヒカゲノカズラで結ったカズラ、
をいい、
神事に用いた、
とされ(広辞苑・精選版日本国語大辞典)、
マサキノカヅラ(真拆葛 「ていかかずら(定家葛)」または「つるまさき(蔓柾)」の異名)にて結ひたるかづら、
ともある(大言海)。
かづら、
の由来の多くは、
カミ(髪)ツラ(蔓)の約(岩波古語辞典・玄同放言・雅言考)
鬘の字は、髪蔓(ハツマン)なり、髪蔓(カミツラ)の約、ツラは、蔓。髪刺(カミサシ)が挿頭(かざし)となるが如し(大言海)、
カは髪、ツラはツル(蔓)の母音交替形(時代別国語大辞典-上代編)、
カミツラナル(髪連)の義(日本釈名・言元梯・言葉の根しらべの=鈴木潔子)、
髪にツラネル(聯)義(日本語源=賀茂百樹)、
等々、髪に巻き付けた用法からとみて、
kamitura→kamtura→kaduraki→kadura、
と転訛した(岩波古語辞典)ようだ。この用法のため、
かづら、
は、
葛、
蔓、
と当てて、
鬘にする蔓草の総称、
としても使う(岩波古語辞典・広辞苑)。新撰字鏡(898~901)に、
葛、加豆良(かづら)、
とあり、
藤かづら、蔦かづら、葛(くず)かづら、すひかづら、さねかづら、眞析(まさきづら)、
が載る(大言海)。基本的には、
カツラ(鬘)と同じ(和訓栞・言葉の根しらべの=鈴木潔子)、
と、
鬘(かづら)、
と同語源(日本語源大辞典)とみられるが、
神代紀に伊弉諾(いざなぎ)神の黒き御鬘(みかづら)の化して蒲萄(エビカヅラ)となりしに起これる語なるべし、ツルのツはツヅクの義、カは髪(東雅)、
カは助語、ツラはツル(蔓)の転(東雅・非南留別志)、
カは上から覆う意をもつ語、ツラは蔓で、カツラ(覆蔓)の義、カは髪とするのは非(古今要覧稿)、
カカリツラナル(掛連)義(日本紀和歌略註・言元梯・名言通)、
カカリツルからか、またカカヅラフから(和句解)、
等々、苦しい説があるのは、
鬘、
と
葛・蔓、
を別と考えるからではないか。さて、
蔓草や花などを頭髪の飾り、
とした、
かづら、
は、転じて、
わが御ぐしの落ちたりけるを取り集めてかつらにし給へるが、九尺余ばかりにて、いと清らなるを(源氏物語)、
と、
髪の薄い人、短い人などが添え加えた髪、
の意となる(精選版日本国語大辞典)。和名類聚抄(931~38年)に、
髪少者、所以被助其髪也、加都良、
とあり、
一名、添髪(そへがみ)、
また、垂髪(スベラカシ 髻(もとどり)の末を背後にすべらかし、永く垂れ下げる)髪の末に加ふるを、
すゑ、
ともいい、後の、
かもじ(髪文字・髢)、
である(大言海)。平安・鎌倉時代は宮廷女性に用いられたが、江戸中期以後女髷(おんなまげ)が発達し、
前髪、髷、鬢(びん)、髱(たぼ)の構成による複雑な髪形が結われるようになると、かもじの種数も多くなった。髷の根に足す根かもじをはじめ、鬢や髱に部分的なかもじを使うようになった。鬢のかもじは髪毛を1列に並べて、蓑の形に似ているところから、「びんみの」と呼ばれた、
とある(世界大百科事典)。これが、今日の、
かつら、
つまり、
種々の髪型に作って頭にかぶるようにしたもの、
につながる(精選版日本国語大辞典)。もとは、演劇用として発達したが、現在では髪型を変えるためなどに使われるに至っている。今風に言えば、
ウイッグ、
ヘアピース、
エクステンション、
というところだろう(デジタル大辞泉)。
「玉かづら」、「山かづら」、「葛かづら」、「葛」については触れた。
「葛」(漢音カツ、呉音カチ)は、「玉かづら」で触れたように、
会意兼形声。「艸+音符曷(カツ 水分がない、かわく)」。茎がかわいてつる状をなし、切っても汁が出ない植物、
とある(漢字源)。「くず」の意である。また、
会意兼形声文字です(艸+曷)。「並び生えた草」の象形と「口と呼気の象形と死者の前で人が死者のよみがえる事を請い求める象形」(「祈りの言葉を言って、幸福を求める、高く上げる」の意味)から、木などにからみついて高く伸びていく草「くず」、「草・木のつる」を意味する「葛」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji2110.html)が、
かつて「会意形声文字」と解釈する説があったが、根拠のない憶測に基づく誤った分析である、
とあり(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%91%9B)、
形声。「艸」+音符「曷 /*KAT/」(仝上)、
形声。艸と、音符曷(カツ)とから成る(角川新字源)、
とする説がある。
「鬘」(慣用マン、漢音バン、呉音メン)は、「玉かづら」で触れたように、
会意兼形声。「髟(かみの毛)+音符曼(かぶせてたらす)」、
とあり(漢字源)、「髪がふさふさと垂れさがるさま」「インドふうの、花を連ねて首や体を飾る飾り」(仝上)の意である。
参考文献;
久保田淳訳注『新古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
高田祐彦訳注『新版古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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