2024年10月01日

べらなり


風吹けば波越す磯の磯馴(そなれ)松ねにあらわれて泣きぬべらなり(古今和歌集)、
見てもまたまたも見まくのほしければなるるを人はいとふべらなり(仝上)、

の、

べらなり、

は、

助動詞「べし」の語幹「べ」に接続辞(接尾語)「ら」が接し、さらに指定の助動詞「なり」の接続したもの、平安初期には訓点語として用いられ、中期には歌語として盛んに用いられた、

とあり(広辞苑・岩波古語辞典・デジタル大辞泉)、「古今集」など、平安初期の和歌文学作品で、男性歌人が多く使っているため、

当時の男性が口頭語で用いた、

とする説もあるが、定かでない(精選版日本国語大辞典)とある。平安中期以降は古語化していったようで、「俊頼髄脳」に、

「べらなり」といふことは、げに昔のことばなれば、世の末には、聞きつかぬやうに聞こゆ、

とある(仝上)。

○・べらに・べらなり・べらなる・べらなれ・○、

と活用し、

活用語の終止形、ラ変型活用は連体形に付く、

形で使われ、

可(べ)うあらむなりの約という、

とされ(大言海)、

……する様子だ、
……らしい、
……するそうな、
……ように思われる、

といった意味で使われる(仝上)。

成立については、

べし、

と関係づける解釈が一般的で、「清し」から「清らなり」が派生したのと同様に、「べし」から派生したとされる。形態、意味、接続、上接語の傾向などの点で「べし」との類似性が認められる、

とある(精選版日本国語大辞典)。

べし、

は、

bësi、

とあり(岩波古語辞典)、奈良時代は、

べく・べし・べき、

と、未然形がなかったが、平安時代以後、已然形、

べけれ(べき+ありの已然形あれ)、

が発達した(岩波古語辞典)とある。

べし、

の意味の基本は、

物事の動作・状態を必然・当然の理として納得する外はない状態にある、

と判断を下す点にあり、そこから、古人の好き嫌い・希望などを超えた必然的な状態と判断することであるから、

食(を)す國天下の政は平けく安く仕え奉るべしとなも思ほしめす(続日本紀)

と、

道理から当然であること、
……すべきであると義務を表す、

場合があり、さらに、

世の中は数なきものか春花の散りのまがひに死ぬべき思へば(万葉集)、

と、

運命であること、

を示し、また、自己の意思を示す場合は、

磯の上に生ふる馬酔木(あしび)を手折らめど見すべき君がありといはなくに(万葉集)、

と、

強い意志、

を表わし、相手に対しては、

わが祭る神にはあらず大夫につきたる神そよく祀るべし(万葉集)、

と、

拒否を許さない命令、

を示し、第三人称の動作についた推量の場合も、

わが宿に盛りに咲ける梅の花散るべくなりぬ見む人もがも(万葉集)、

と、

まさに……しそうである、
かならずそうなる、……に相違ない、

という強い確信を表す(岩波古語辞典)。で、

べらなり、

にも、推量の、

べし、

のもつ、

強い確信、

が含意としてある。

べし、

は、

「宜(うべな)うべし」の音変化、

とする説が有力(デジタル大辞泉)とあるが、もともとは、

漢字にべしと訓じたるもの、

にて(大言海)、その意味の差は、当てた字によって、

可の字は、可能の意、當の字は、當然の意、應の字は、相應の意、宜の字は、是非とも然べき意、須の字は、必ず然すべき意、合の字は、為すことの事情に合ふ意、容の字は、為すことの、容(ゆる)さる意なり、

とある(仝上)。

べらなり、

の、

ら、

は、

さかしら、
あから、

など、

擬態語・形容詞語幹などを承けて、その状態表現を表す接尾語、

である(岩波古語辞典)。

助動詞、

なり、

は、

雁くれば萩は散りぬとさをしかの鳴くなる声もうらぶれにけり(万葉集)、

の、

伝聞・推定のなり、

ではなく、奈良時代から見え、

汝たちもろもろは、吾が近き姪なり(続日本紀)、

と、

……である、

という指定する意味を表す助動詞である(仝上)。ふるくは、

にあり、

であったものが、

niari→nari、

と音韻変化したものである(仝上)。

「可」.gif

(「可」 https://kakijun.jp/page/ka200.htmlより)

「可」 甲骨文字・殷.png

(「可」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%8F%AFより)

「可」(カ)は、

会意文字。「屈曲したかぎ型+口」。訶(カ)や呵(カ)の原字で、のどを屈曲させ声をかすらせること。屈曲をへてやっと声を出す意から、転じて、さまざまの曲折を経て、どうにか認める意に用いる、

とあり(漢字源)、同趣旨で、

会意文字です。「口」の象形と「口の奥」の象形から、口の奥から大きな声を出す事を意味し、それが転じて(派生して・新しい意味が分かれ出て)、「よい」を意味する「可」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji778.htmlが、

象形。原字(『説文解字』では「𠀀」と説明されている)は、「斤」の刃の部分の筆画を取り除き、斧の柄の部分のみを象ったもの。「斧の柄」を意味する漢語{柯 /*kaaj/}を表す字。のち仮借して「能力がある」を意味する漢語{可 /*khaajʔ/}に用いるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%8F%AF

形声。口と、音符𠀀(カ)(丁は変わった形)とから成る。同意する意を表す。また、許可・可能などの意を表す助字に用いる(角川新字源)、

と、全く異なる説もある。

参考文献;
高田祐彦訳注『新版古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル:べらなり
posted by Toshi at 04:02| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
コチラをクリックしてください